今の日本は、閉塞状況に陥っているように見えます。株価は暴落していますし、1人当たりのGDP(国内総生産)で見ますと、十数年前まで世界第1位の座を占めていたのが、その後つるべ落としに下がっていって現在は18位にまでなってしまいました。日本の経済が二流になったことは、現内閣の大臣も認めました。そして政治は三流だということは、世界的に評価が定着してるといっていいでしょう。
その中で唯一、ブロードバンドの普及については質的・量的にも世界一ということになっていますが、ここにもいささか暗雲が漂っているように見えます。NTTは光ファイバーの家庭への普及目標を大幅に引き下げざるを得なくなりました。インターネットは、IPv4という従来のIPアドレスが急激に枯渇し始めて、非常に深刻な状況になっていることが明らかになってきました。今のままですと、多分あと2、3年のうちに新規のアドレスはなくなってしまうといわれています。そこで、「これをどう乗り切るか」という問題に直面しているのですが、なかなかはっきりした答えが出ていないのが現状です。「IPv6という新しいシステムに移行するしかない」と専門家は言いますけれども、「じゃあどんな風に移行していけばいいのか」、「古いシステムと相当長期間共存しなければいけないが、その場合にはどんな問題が起こるのか」といったようなことはほとんど明らかになっていません。
他方、NTTは次世代ネットワーク(NGN)という新しいネットワークを作っています。これはいわば半分閉じた形のインターネットです。今月末からサービスを開始することになってはいるのですが、はたしてきちんと動くのかどうか、お客さんが集まるかどうかは、まだよく分かりません。なにしろNGNは世界に先駆けて構築が始まったのはよいけれど、そのためにNGNならではの新しい魅力的なサービスはまだほとんど提供できないのが現状です。それに、最近出版されたある本によりますと、日本のNGNは過去の電話の考え方に縛られすぎている嫌いのあるネットワークで、これからの時代の“開かれたネットワーク”としては、不適切ではなかろうかといった疑問さえあります。そういう中で日本の経済もいろいろな問題を抱えています。
一例として先日の日本経済新聞に掲載された九州大学の篠崎さんの見方をご紹介してみますと、▽流通業はコンビニとかドラッグストアは成長しているが、デパートやスーパーは不振である▽金融業では特に証券取引所の立ち遅れが非常に目立っている▽医療や中小企業、地域の企業はそもそもIT化とは無関係な状態のままに残っている▽不振の原因を探ってみると3つのムダがあるのだそうで、それではいけないというのです。
しかし、少し視野を広げていろいろなところを見てみますと、今の日本の中にも新しい動きがいたるところで起こっていることに気がつきます。それなのに、そういう動きの報道はあまりなされず、新聞には暗い話、情けない話ばかり出てきますが、必ずしもそうではないのです。たとえば、つい最近、慶應義塾大学の國領二郎さんと飯盛義徳さんの共編で『「元気村」はこう創る』という本が出ましたが、ここには地域の情報化・活性化に成功している例がたくさん挙がっています。これを読むと読んでいる方も元気になります。
私は「智民大衆」とか「智民群衆」とか呼んでいますが、いろいろな形で日本人の生活のスタイルが変わってきています。ケータイを持っている人が1億人、そのうちの6?7割の人々はケータイなしには暮らせないような生活をしていると思います。ゲーム機も大変な普及ぶりですね。電車に乗っていますと、ケータイとかゲーム機をいじっている人はよく見かけますが、新聞や本を読んでいる人はめったに見かけません。ブログは、いろいろな説がありますが、少なくとも何百万人かがブログを書いていることは間違いありません。SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)も普及しています。その中で一番大きいミクシィは1200万人の会員を抱えています。地域SNSと呼ばれるものもあちこちにできて、その数も300を超したそうです。ユーチューブが人気を集めたかと思ったら、今度はニコニコ動画が出てきて、この会員が500万人(無料会員)を突破しました。ニコニコ動画は、単に動画を投稿・視聴したりコメントをつけたりするだけでなく、そうすること自体を一種のゲームとして人々が楽しんでいるという分析もあります。
新しいビジネスモデルもいろいろな形で出てきています。最近気がついた一つの例は、しっかりとしたデータセンターを作って、そこで企業とか自治体のさまざまな業務を代行するというものです。マイクロソフトは本格的にデータセンターを中心としたサービス業務の体制に移ろうとしています。日本ではごく最近、北海道の西いぶり広域連合がデータセンターを作って、いくつかの自治体の業務を代行し始めたということで注目を集めています。また、会社が個人にモノを売るのではなくて、人々がお互い同士持っているモノを売り合うということもあります。「競売」というような呼び方をされていますけれども、この交換システムは、イーベイやヤフーなどかなり前から普及しています。それに加えておたがいに「差し上げる」、贈るためのシステムも発展してきまして、billio (ビリオ)という会社は、50円以下の送金は無料でするサービスを近く始めるそうです。それから、個人の間のお金の貸し借りを仲介するサービスも広がり始めています。少額のお金ならばわざわざ銀行にいかなくても仲介してくれるのです。このように、人々の生活を支えるためのネットの新しい役割がさまざまな形で広がった結果、私たちは一昔前とはかなり違った形の生活を送れるようになりました。
そうした中で、これまでの企業の常識から考えると、「ちょっと違うなあ」と思える企業が出てきました。私のいい方からすると「智業的企業」です。お金儲けもしますが、「自分たちが本当にやりたいことは営利ではない、お金は後からついてくる」という考え方ですね。グーグルは「世界の知識・情報を組織化して、誰でもいつでもどこでも必要な知識を得られるようにすることが使命だ」と言っています。Facebookというアメリカの新興SNSの経営者は、まだ20代の若者ですが、自分の事業の目的として「人々をつなげることである。人々のコミュニケーションを支えることをやりたい」と明言しています。次世代ブラウザーを提供しているモジラ財団も「社会に役立ちたいと考える起業家を目指している」と言っています。ここまでは日本の外の例ですが、日本の中にも非常に面白いタイプの起業家が次々に現れてきています。評論家の佐々木俊尚さんが『起業家2.0』という本を出していますが、一昔前の起業家はホリエモンさんに代表されるような「貪欲に儲ける人」でした。場合によっては違法とされるような活動も辞さないこともありました。ところが最近台頭してきた「起業家 2.0」と呼ばれるタイプの起業家たちは、「穏やかな草食獣」のようなタイプだというのです。彼等は「自分や仲間が楽しんで仕事ができればいい」と考えていて、どれだけ儲かるか、どれだけ大きくなるか、というのは二の次、三の次であると思っています。佐々木さんの本ではその例として、エニグモ、ミクシィ、アブラハム・グループ・ホールディングズ、ゼロスタートコミュニケーションズ、チームラボ、ルーク19、paperboy&co.、フォートラベル、はてな、などを挙げています。お読み頂くと20代、30代の起業家が日本でも元気いっぱいに活躍している姿が見えてきます。
さらに、企業そのものの在り方も変わってきて、「企業2.0」などと呼ばれるようになっています。ドン・タプスコットとアンソニー・ウィリアムズが書いた『ウィキノミクス』という大変面白い本がありますが、この本の主張は、「企業というものは、これまでは閉じた組織であると考えられていたが、これからはネットワークそのものが企業になる。それが本当のグローバルな企業だ。そして、その種の企業の活動には、いろいろな理念を広げていくとか、多くの人々とのネットワークを作りたい、ということが誘因になっている」というものです。私の言い方ですと、「企業2.0は企業の域を超えて、智業に吸収されている」、あるいは「企業2.0が行っているのは、これまでのような富のゲームではない。むしろ、智のゲームともいうべき別の種類のゲームだ」ということになります。どうしてそんなことになったかというと、タプスコットさんたちが言うには、昔、「コースの定理」という有名な理論が、「どうして企業が作られるのか」という理由を説明しました。それは、市場で取り引きしようとすると取引費用がかかり過ぎる。どこまで相手を信用できるか、どこに自分が欲しいものを持っている人がいるのか、そうした事を調べるのに随分手間が掛かる。それならば組織を作って指揮・命令系統のなかで人を使った方が安上がりになる、だから組織が作られたというわけです。
しかし、21世紀になって何が変わったかというと、「コースの定理」があてはまらなくなったのではなくて、取引費用の在り方が大きく変わってしまった。信用できる人、私が必要とする財や知識をもっている人を、世界中から容易に探し出して取引できるようになった。それならばわざわざ「組織」を作らなくても、そうした人たちの間でネットワークを作ればいいじゃないか、ということになるわけです。
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