「次回は野にんじんではどうでしょう。栽培でなく自生なので無理ですか。春を告げる山菜だから素材としては申し分ないと思うのですが…」。県庄内総合支庁農業技術普及課からの電話に一瞬迷ったが、「素材がいい」のは「大地の恵みの証し」。コーナーの趣旨に合致すると判断し、取り上げることにした。
野にんじんは、子供のころに食べた記憶があり、香気の強さが印象に残っている。もう長いこと食していないな、と思いながら酒田市のめんたま畑組合長の後藤千代子さん=北俣=を訪ねた。
旧平田町役場そばにあるめんたま畑から分ほど車を走らせ、観光名所・十二滝の入り口に着いた。後藤さんの自宅は十二滝にほど近い相沢川沿いにある。田んぼの一部に残雪が見える。市街地とは空気が違う。澄んでいて冷たい。
「野にんじんは雪が消えるとすぐに出てくる。バンケ(フキノトウ)と一緒で春を告げる山菜なんですよ。さあ、行ってみましょうか」。後藤さんにうながされ、田んぼへと向かった。
相沢川近くのあぜ道の傾斜地に緑色の植物が点在している。セリに似た外観で葉の形はなるほどニンジンに近い。「伸びても根はニンジンのようにはなりません」と後藤さんがかまを動かす。ワラビなどと違って探す必要がなさそうだ。感想を口にすると、「こんなにたくさん生えているところはめったにないですよ」と笑った。
後藤さんの自宅に戻り、野にんじんの話を聞いた。「私たちは子供のころから切り合えにして食べたものです。ゆがいてみそとあえてご飯に載せる。春が来たと山里が告げてくれる味ですよ」。
おすすめレシピは切り合えと並ぶ代表料理のおひたし。「香気が強いから少し甘めの方がいいと思います」とアドバイスしてくれた。ほかに「生のまま天ぷらにしてもいいです。個性的なので、好きな人は好きという野菜です」と話す。
「香気好き」にはどんな味か気になって仕方がない。「今日は忙しくて準備していません。明日までおひたしを作っていくので、めんたま畑に来てください」。
翌日、後藤さんお手製のおひたしをちょうだいした。我慢できず、車内でプラスチック容器をあけてみた。何とも言えない深山の香りが広がる。帰社後、編集局のスタッフとおひたしを試食した。
シュンギクの香気をスケールアップし、繊維質を少し強くしたような野趣に富んだ味、とでも言えばいいだろうか。30年来の記憶がよみがえってきた。シュンギクと山ウドが好きな人にはこたえられないと思う。「今度買ってきて」とリクエストも出た。
野にんじんは、地方によって呼び名も違い、シャク、コシャク、山ニンジンとも言うそうだ。見た目の通りセリ科の植物だった。
「量が採れないので農協やスーパーでは売れません。産直だから出せる野菜です」。春の香りが口いっぱいに広がる後藤さんの野にんじんは、150g入って1束100円。酒田市飛鳥のめんたま畑=電0234(61)7200=で4月上旬まで販売している。
野にんじん1パック(150g)、クルミ40g(ごまでも可)、しょうゆ大さじ5、砂糖大さじ2、みりん大さじ1
2008年3月29日付紙面掲載