さて、話を農に戻すと、藤沢さんの小説の中で「海坂」もの、と呼ばれる作品群は荘内藩を基に組み立てられているので、農業に関する話が多く出てくる。いや藩の財政の中核は農作物(米)であるため、農政はどうするか、というテーマが常にある、といってもよい。主人公は侍でも、たとえば郡奉行(こおりぶぎょう)や郡代(ぐんだい)といった、今で言う農政課のお役人のような役職の人が多く登場し、藩の農村地帯を巡回して歩いたり、新しい水路を作ったりする。中には私服を肥やすため、新田開発をする悪徳な家老なども登場するが、多くは藩の稲田が秋に黄金色に波打つ景色を見守る主人公である。『蝉しぐれ』の主人公も郡奉行になるのだが、この小説には初めから終わりまで稲田の風景が、音楽でいうと主旋律という感じで描かれている。懐かしい農村風景が甦ってくるこの作品を是非読んで頂きたい。