高校生に長編小説を、しかも時代小説を読ませる試みをやっと成し遂げることができた。しかし、さまざまな条件があって、1学級にしか実施できなかったのは残念である。生徒数に見合う冊数の確保と感想文を丁寧に読んで適切な評価をするための時間の確保が大きな課題であった。また、生徒たちの状況をよく把握して、長編小説に取り組める態勢を作ってゆく努力も必要である、本当は、すべての生徒が卒業するまでに一度は読んでほしいと願いながらも、個人的に勧める段階にとどまっていたのは、こうしたもろもろの条件をクリアするエネルギーが自分に足りなかったからと思う。
若い人たちの素直な感想文は、何よりの宝物である。ほとんど進路が決まり、自由な気持ちで読み進めることができたことも、このような深い読みにつながったのだろう。
はじめ授業中にだけ読むこととし、一回ずつ本を回収していたのだが、早い生徒では2、3時間目あたりに「借りていって家で読んできたい」と言い出し、後半にはほとんど40冊の文庫本と全集の『蝉しぐれ』が貸し出し状態となった。一夜で読み終えた生徒もいて、読書にあまり興味を示さない生徒に「おもしぇっけぞ。まんず読めっちゃ」などとハッパをかけてくれた。予想外の早さで全員読み終え、感想文を提出したので、全部にコメントを書き入れ、卒業式の前日に返すことができた。
どれほど深く読みとれたかは個人差があるものの、例として挙げた3人の文章に匹敵する感想文はほかにも多くあった。生徒たちが、予想以上の満足感を得て授業を終結できたことに私自身大変励まされた。また、国語教師の重要な仕事のひとつとして、「読むきっかけ作り」を工夫する役割があることも、改めて確認できたのである。