ロケ班が庄内入りをしたのが2004年4月2日、桜のつぼみが開花を待ち、ようやく赤らみ始めたころであった。山田洋次監督が率いる、いわゆる山田組といわれる一行80人が現場で初顔合わせをしたのは4月4日だった。
市内のホテルが混んでおり、分宿せざるを得ない状況で、お互い一堂に会する機会がなく、この日が主役の永瀬正敏さんを含め、全員そろった。
「これから4月17日まで庄内のロケに入るわけですが…」
司会の進行で和やかな会食が始まった。うろんな私は隣に座った俳優さんが永瀬さんとはつゆ知らず、手元にある酒を
「どれにしますか」
などと気軽に勧めていた。彼は慌てて目の前で片手を大きく振り
「ぼく、駄目なんです」
「永瀬君はお酒が飲めないんですよ」
監督が横からブレーキをかけ、永瀬さんは物静かにはしを取っていた。あのスゴ味のある隠し剣鬼の爪を使う剣者とは思えぬ細身な彼は、男性というより中性風なハニカミを口元に漂わせ、隣に座られると気になるタイプだった。特にどんな女性でもこの手の男性が近づいてくると、そわそわしたくなる要素があるのかもしれない。自信たっぷりで押しがきき、テレない種族ではなさそうだ。そういえば先ほど喫茶店にいる彼を目撃しており、ついぞ庄内では見かけない様子の違う人だな、と思っていた。
いつも人の目にさらされている人は、どこか見られている自分を意識して、自然体のポーズでも何となく異なる。
格好をつけるとか、振りをつけるのではなく、人の目に洗われてきた習慣なのかもしれない。いずれにしても片桐宗蔵と会ったのはその時が初めてであり、周囲は
「キョンキョンの元ご主人よ」
と、教えてくれた。まことに恥ずかしいことだが芸能界の知識が乏しく、このごろは聞いてもすぐ忘れてしまい、世の中についてゆけなくなっている。
彼は無口そうにこちらから話しかけない限り物を言わず、監督の話しかけにも積極的に応じるふうでもなかった。気になるもう1つは仮面のような帽子をすっぽりかぶっており、それが彼の持つ雰囲気と合致して、いかにも小粋な感じがした。
「この人が主役なのか」
鋭い目だが、落ち着いた光があり、若いタレントにはない深みがあって格好良いが、やや冷たい人間と思いきや
「ビールなんですか」
と、お酌をしてくれた。
笑うと人なつこさが出て、表情が凄みを裏切り、冷酷そうに見せかけても感受性が彼本来の笑顔になってしまうようである。
ものの30分もたたないうちにこの矛盾が見えて、急速に親しみがわいた気分になったが、役者とすれはもっと不可解な所が加わればいいのかもしれない。
特徴のある俳優たちにはニヒルさとか、さもしさとか、不屈さとか人を引き込む自己主張が隠されている。宗蔵が演じた家老をあやめた使い手は、テーブルで食事をしている限り、猫みたいな静かな男性だった。