山田洋次監督は台本の題に書いたメッセージで
「鬼の爪と名づけられた秘剣をめぐる、友情と憎悪と、そして優しい愛の物語です」
と、制作に当たる意図を伝えた。この物語には3つの愛がある。宗蔵ときえの愛、また妹夫婦の仲良い夫婦愛、友人である狭間弥市郎と妻の凄味をもった愛、3人の友情を通し、3通りに語られる内容は藤沢周平作品のもつ芳香を損ねないものだった。
村娘で家事手伝いに来たきえを密かに思う宗蔵の気持ちは妹の結婚、母親の死と、身辺が寂しくなるにつれ、燠火(おきび)のようになっていた。そこで突然、商家に嫁いだきえと再会する。雪の降りしきる日だった。
帰宅した宗蔵は老婆の粂(くめ)を相手に、そのときの様子を語るが、老いた粂は関心がなく居眠りを始めた。若い宗蔵と老いた粂の間には、向かい合っていても、別の時間が流れており、それぞれ人生を別々の思いで暮らしている。
さりげなく見せているが、その対比は物悲しい。同じ家に住んでいながら持ち時間の違いをまざまざと感じさせる場面である。さて宗蔵がきえと会ってほどなく、妹の志乃などからきえの噂が伝えられる。婚家の伊勢屋できえは過労で倒れ
「でえぶ悪いみたいだの。家さよぐ来る佐渡屋の番頭が、きえの嫁入り先の店と仲良くしていて、それが話してくれだども」
と、兄の耳に入れた。
宗蔵は居ても立ってもおられず、伊勢屋へ直行して直々おかみに折衝し、きえを自宅へ取り戻してくる。一本気で、世間体など気にせず、きえの命を助けるため出掛けてゆく宗蔵の一途さは、愛の裏付けだ。単純にみえる真情こそ、2人の間に刻まれた月日であった。きえを背負い狭い城下を堂々と歩いてくる宗蔵の度胸、ちょっとまねのできない行動である。
義理の弟、佐門は彼の振る舞いを認めつつも、慌てふためいてしまう。
物笑いになるのは目に見えており、引き留める間もなく強引な行動にでた宗蔵の勇気に共感しつつ、この後どうなるか、不安のタネは尽きない。
佐門を演じる吉岡秀隆さんは山田学校の生徒の1人で、寅さんシリーズの満男役でお馴染みだ。
見るからに温厚で、山田監督にとっては身内のような存在である。顔をみるだけで、家族の一員として和む感じがあるのかもしれない。
兄弟のちぎりで何かといえば片岡家へ駆けつけ、妻への愛情がそっくりそのまま付き合いになっている佐門は、誠に安心する置きかえのきかない間柄である。
吉岡さんのいかにも人なつっこそうな笑い、世間のみんなが認める温和さが、なくてはならない要素で中和している。
女性たちに嫁に行くならば3人のうち誰がよいか、と聞いた答えは
「佐門さんのところ」
が、宗蔵を上回っていた。弥市郎も宗蔵も男らしいが一緒に暮らせば、ハラハラ、ドキドキの連続で、悲劇を予想させるのかもしれない。いまひとつ、女性には馴染めぬ堅固さが目立つ。若い女は
「宗蔵さんに愛されたいわ」
と、言うが、34歳の独身女性は、夕焼け空のような佐門の方が良い、と言った。