2024年11月27日 水曜日

文字サイズ変更



  • プリント用表示
  • 通常画面表示

藤沢周平映画作品あれこれ

「隠し剣 鬼の爪」庄内ロケ風景10

刀で勝負をつける時代が終わりを告げる(松竹提供)

庄内ロケが始まって間もなく、強い日差しが当たると明るみかけていた桜が1輪、2輪と咲き始めた。例年よりも1週間ばかり早い開花である。

厚い雲に覆われた風は冷たいのに、季節は早春から急に春へと移り変わっていった。

まるで空の模様を巻き尺で測るように正確にとらえ、フィルムの中するすると収めてゆくのを見ていると、時間が定かでなくなってしまう。考えてみれば、撮っている現場は200年前の江戸時代なのである。しかも明治維新が起きようとする前兆をはらんでおり、現代からみればおかしなことがいっぱいある。

言葉や動作はもちろん、格好や人と人とのやりとりがやがて新しい時代を呼ぶ軍隊の誕生につながるのだ。雪をかぶる月山へ響く大砲の音を見守る農民たちも、みんな地元のエキストラだった。

いつかどこかでこんな光景を見たような気がして、つい映像に流れる時間と目の前を通り過ぎゆく時が奇妙に一致し、何とも不可思議な気分になった。

「ハイ、ヨーウイ」

監督の声がかかるたび、きびきびと出演者たちは動き、河川敷で大砲の撃ち方が試される大掛かりなシーンを撮った。準備を整えたはずの予定が狂い、失敗をする場面である。予想外の失態が起きる手はずが前もって仕掛けられており、わざわざマトはずれなタネをあらかじめつくっておくわけである。

時代考証もしかり、どうやればホンモノ成り行きに近づけるか、映画は積算の連続で撮られていた。場面は一瞬にして変わろうとも、物語の筋道にはすべて過去が尾をひいた形で現れなければならない。観客が寸刻の間に納得するように、未来への不安さえも用意しておく。

もし、同時代に生きておれば、こんなふうに全体への目配りができるだろうか。現実よりも生々しく、タネも仕掛けもある架空の時間を充足することができるだろうか。映画に魅了される理由が分かった。

松たか子さんが

「女優業はいつもウソを演じているけど…本当の自分でありたい」

と言っているのを聞き、なるほど気持ちの在り方としては役に没頭し、つくりものの時間を生きている自分を冷静に眺めているもう1人の自分がいるのだろう。つきっきりでロケ現場に入り込んでいる人間さえ、怪しく取り込んでしまう非現実とは、何なのかと思う。

「芝居をしないでね。自然体でゆきましょう」

繰り返し、繰り返し言われる監督の言葉通り、方言も日常用語であるがごとく使いこなし

「せばのう」

などと、さりげなく言い交わしている。また微妙に訛る所やアクセントも修得していった。さすがにプロの領域である。

船着き場で友を見送る主人公、片桐宗蔵(永瀬正敏)の冒頭のセリフは

「江戸がぁ…、遠いのう」

で始まる。何とも言えないお国訛りがあって江戸までの距離感、感慨、未知への思いが寄せられ、この一言で荘内藩の位置関係が察しられた。永瀬さんは役づくりにあたって山崎誠助さんに荘内藩士の心構えを聞いたそうである。すると劇作家の山崎さんは

「冬の吹雪に向かってゆく態度ですね」

その姿勢ができれば荘内藩士たる役どころがつとまる、と教示したそうである。

(筆者・水戸部浩子論説委員)
関連リンク
トップページへ前のページへもどる
ページの先頭へ

ニッポー広場メニュー
お口の健康そこが知りたい
気になるお口の健康について、歯科医の先生方が分かりやすく解説します
鶴岡・致道博物館 記念特別展 徳川四天王筆頭 酒井忠次
酒井家庄内入部400年を記念し、徳川家康の重臣として活躍した酒井家初代・忠次公の逸話を交え事績をたどる。
致道博物館 記念特別展 第2部 中興の祖 酒井忠徳と庄内藩校致道館
酒井家庄内入部400年を記念し、庄内藩中興の祖と称された酒井家9代・忠徳公の業績と生涯をたどる。
致道博物館 記念特別展 第3部 民衆のチカラ 三方領知替え阻止運動
江戸幕府が3大名に命じた転封令。幕命撤回に至る、庄内全域で巻き起こった阻止運動をたどる。
致道博物館 記念特別展 第4部 藩祖 酒井 忠勝
酒井家3代で初代藩主として、庄内と酒井家400年の基盤を整えた忠勝公の事績をたどる。
致道博物館 記念特別展 第5部 「酒井家の明治維新 戊辰戦争と松ケ岡開墾」
幕末~明治・大正の激動期の庄内藩と明治維新後も鶴岡に住み続けた酒井家の事績をたどる。
酒井家庄内入部400年
酒井家が藩主として庄内に入部し400年を迎えます。東北公益文科大学の門松秀樹さんがその歴史を紹介します。
続教育の本質
教育現場に身を置く筆者による提言の続編です。
教育の本質
子どもたちを取り巻く環境は日々変化しています。長らく教育現場に身を置く筆者が教育をテーマに提言しています。
柏戸の真実
鶴岡市櫛引地域出身の大相撲の元横綱・柏戸の土俵人生に迫ります。本人の歩み、努力を温かく見守った家族・親族や関係者の視点も多く交えて振り返ります。
藤沢周平の魅力 海坂かわら版
藤沢周平作品の魅力を研究者などの視点から紹介しています
郷土の先人・先覚
世界あるいは全国で活躍し、各分野で礎を築いた庄内出身の先人・先覚たちを紹介しています
美食同元
旬の食べ物を使った、おいしくて簡単、栄養満点の食事のポイントを学んでいきましょう
庄内海の幸山の幸
庄内の「うまいもの」を関係者のお話などを交えながら解説しています

株式会社 荘内日報社   本社:〒997-0035 山形県鶴岡市馬場町8-29  (私書箱専用〒997-8691) TEL 0235-22-1480
System construction by S-Field