「鶴岡公園は荘内藩の城址で、花どきになると、むかしの二ノ丸跡になる広場は、桜の花に包まれる。歩いて行くと、頭上の枝から風に吹かれる花びらが降って来て、夢の世界に迷いこんだような気がした。」
これは藤沢周平さんのエッセイ集『ふるさとへ廻る六部は』に出てくる文である。鶴岡公園は4月半ばごろに桜が一斉に咲き、花見の人で賑(にぎ)わう。藤沢さんの脳裏にはいつもふるさとがあって、近所の桜並木を見ても、思い起こすのは鶴岡の桜なのであった。このエッセイの中で、藤沢さんは小学校のころの花見遠足の思い出も語っている。青龍寺の小学校(現在の黄金小)から鶴岡の公園まで、5、6kmの道を先生に連れられて歩いてきた。おにぎりを風呂敷に包んで腰にくくりつけ、勇んで歩いてくると、金峰街道を抜け、やがて七日町に出る。橋のたもとから元曲師町に出てゆけばもう公園はすぐだ。こんにゃくを煮る醤油(しょうゆ)の匂いや綿アメの甘い匂いが子供たちの鼻を刺激し、気分はすっかりお祭りのようだったとそのころを懐かしんでいる。
この公園の桜と赤川土手の桜並木との印象をもとに、『花のあと』という短編小説が書かれている。この小説は「海坂藩」もののひとつで、武士の物語であるが、珍しく主人公は女性である。それも老女で、自分の若いころの話を孫たちに語り聞かせている形式がとられているのも珍しい。その初めのほうにこんな花見の思い出が語られる。
「二の丸の桜(2)」へつづく