齋藤 弘 (山形県立日本海病院 内科医長)
喫煙によりさまざまな病気になることや、病気の状態をさらに悪くしてしまうことについては、今や知らない人は少ないと思います。喫煙が直接の原因となる、すぐに思い浮かぶ病気といえば、肺がん(癌)、慢性気管支炎、肺気腫などの呼吸器疾患です。しかしそのほかにも、口腔・咽喉頭がん、食道・胃・大腸がん、肝・膵がん、膀胱がんなど、ほとんどのがんの原因に喫煙が関与していると考えられています。
タバコの煙には200種類以上の有害物質と40種類以上の発がん物質が含まれています。有害物質を含んだ煙を直接吸ったり、または唾液に溶けた有害物質を飲み込んで、これらが何十年もかかって身体をおかし、がんを発生させている恐れがあるのです。
そのほか、タバコの煙にはニコチンが含まれています。ニコチンは体内に入るとすぐに血圧上昇、抹梢血管の収縮、胃腸の働きの低下など、身体全体に影響を及ぼします。ニコチンにより高血圧や高コレステロール血症の人が、狭心症・心筋梗塞になる可能性が倍増することが分かっています。煙に含まれる一酸化炭素などのオキシダントと呼ばれる活性酸素も、新陳代謝に影響し、障害を受けた身体の修復力に悪影響を与えることが示されています。
一酸化炭素は血液中の赤血球とすばやく強固に結合し、体内への酸素運搬を妨害し、疲れやすい状態にします。血液循環障害、脳血栓症、大動脈瘤などの病気も、喫煙により全身の動脈硬化が引き起こされた結果と考えられます。また直接これらオキシダントにさらされる気道では、慢性気管支炎、肺気腫になり、呼吸機能が損なわれ、著しく生活が障害されます。
肺粗しょう症と称されるように、肺が古くなったスポンジのようにスカスカになります。また美容にも悪影響を及ぼします。ヘビースモーカーの人の顔は日焼けではないのに浅黒くしわが目立ちます。これはタバコにより皮膚の新陳代謝が低下し、しわが増え、くすみやシミにより浅黒くなるためです。ある研究では1日1箱を4年間吸い続けると、吸わない人に比べ1年分しわが余計にでき、皮膚老化が進んでしまうということです。
肺がん患者の家族は、そうでない家族に比べ肺がんになる危険性が約2倍であることが報告されています。また喫煙する家庭の子供は気管支喘息を発症しやすいことが報告されています。これらは間接喫煙の影響が考えられます。
タバコ1本あたりの有害成分の量は、副流煙の方が主流煙より多いことが分かっています。受動喫煙が問題視されるにつれ、公共施設、職場、飲食店などでは、禁煙・分煙対策が進んできました。受動喫煙防止を義務づける健康増進法も2003年5月1日に施行されました。このように、喫煙者だけではなく、喫煙による非喫煙者への影響も深刻です。世界保健機関(WHO)では、たばこが原因とみられる肺がんや慢性閉塞性肺疾患による死者は、2005年の540万人から10年後には640万人と10人に1人に達することを予想しています。
このように体にとても悪いと知りながらもやめられないのは、タバコの煙にニコチンが含まれているからです。ニコチンは直接大脳にはたらき快感を生じさせます。少量では興奮作用、大量では鎮静作用があります。ニコチンに味をしめた脳は、ニコチンが少なくなるとニコチンを要求してしまい、集中力の低下やいらいら感といった離脱症状を起こします。これにちょっと一休みとか、一杯飲みながら、という行為を伴って、喫煙によりニコチンを摂取することが習慣となってしまい、喫煙によってニコチンを補わないと体調が悪い、というニコチン依存症の状態ができあがってしまうわけです。喫煙は単なる薬物依存ではなく、習慣に強く結びついた心理的依存症であることを認識して、生活習慣の改善を含めた対応が必要です。
禁煙外来では、禁煙補助剤としてニコチンガムやニコチン貼付剤を上手に利用し、体内に蓄積したニコチンを徐々に減らしていく治療を行います。禁煙への強い決意をもって、生活習慣の修正を行い、煙のない世界を満喫してください。