2024年11月21日 木曜日

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郷土の先人・先覚9

田沢 稲舟

田沢稲舟氏の写真

1生涯と作品

稲舟(本名・田澤錦)は1874(明治7)年12月28日、旧鶴岡五日町68番地(現・木根渕医院)に医師、田澤清の長女として生まれた。3歳下には妹・冨がおり、女二人姉妹。医師の父と事業家の母(米相場・銭湯経営等)のもとに何不自由なく育ち、早くから文学=自己解放=に目覚め、朝暘小学校高等科卒業と同時に上京、当時人気があった作家、山田美妙に師事し、文学修行に励んだ。しかし、1896年(明治29)年9月10日、21歳10カ月の短い人生を終わった。

作品は、詩37編、新作浄瑠璃9編、小説5編、自伝等3編、計55編があり、今回初めて「田澤稲舟全集」としてまとめ、刊行した。(細矢昌武校訂編集、東北出版企画)

2 高山樗牛といなぶね

樗牛は稲舟より3歳年上の1871(明治4)年生まれで、「滝口入道」で華々しくデビューし、一高教授を勤める傍ら、文学評論でも活躍した。樗牛は同郷の稲舟に対して何かと目をかけ、「太陽」「帝国文学」等の誌上で稲舟文学を批評し、期待を寄せている。

特に「帝国文学」では稲舟を樋口一葉に次ぐ作家であり、一葉にない資質の持ち主として、その将来を嘱望していた。

3 樋口一葉といなぶね

樋口一葉は1872(明治5)年生まれで、稲舟と同時代の作家である。明治20年代は女性作家が数多く出て活躍し、平安朝以来の女流文学隆昌の時代といわれた。中でも一葉と稲舟は一頭地を抜いており、1895(明治28)年12月号『文芸倶楽部』では一葉の「十三夜」「やみ夜」と稲舟の「しろばら」「片恋」、1897年(明治30)年1月の同誌には一葉「うつせみ」と稲舟「唯我独尊」が同時掲載されている。

また、一葉と稲舟の間には何らかの交流があったらしく、1895年夏ごろの記述と思われる一葉の歌稿「うたかた」の中に、「いな舟 かのぬし 稲ふね かのぬし参られ候 田澤 田澤 田澤」という書き込みが見られる。

4 鶴岡といなぶね

1890(明治20)年代の後半、中央の代表的な文芸雑誌に次々作品を発表し、樋口一葉と並び称せられた稲舟について、出身地鶴岡の人々は故意に無視して来たようだ。笹原儀一郎氏、工藤恒治氏等極く限られた研究家のみが作品の一部を所持され、一般の目にふれることはなかった。作品が雑誌に発表されただけで、一葉のように全集になる事もなく放置されて来たせいもあろう。また、稲舟の文学の新しさ=前近代的桎梏(しっこく)からの人間開放、自己主張=が、城下町鶴岡の風土に受け入れられるにはそれなりの時間が必要であったのかもしれない。

稲舟文学の最大の特色は、人間本来の思想と行動を束縛する世の常識や道徳は、その時代を支配する権力者達が自らの現状を維持する為に作り上げた作為に過ぎないとし、それに抗い、自己主張する近代的自我の展開であり、表現の抒情(じょじょう)性である。そういう意味では当時も今も、世の支配階級や旧体制の権威に依拠して生きる人々にとっては稲舟は「危険思想」であろう。

(筆者・細矢昌武 氏/1988年5月掲載)
※原稿中の地名や年などは紙面掲載当時のものです。

プロフィール

田沢 稲舟 (たざわ・いなぶね)

明治という時代を自由奔放に生きようとした女流作家。

医師・田澤清の長女として五日町川端に生まれ、幼少の頃から小説を読みふける文学少女だった。18歳で図画修行の名目で上京、共立女子職業学校に入学したが文学にのめり込み、青年小説家・山田美妙を訪ねて文学修行の第一歩を踏む。美妙と恋愛、帰京、結婚、破婚。21歳で病死した。死ぬ前の2年間に「医学修行」「しろばら」「小町湯」「五大堂」「唯我独尊」などがあり、当時の文芸評論家の的となった。生家前の内川端に文学碑と胸像が建っている。

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