藤沢周平さんが帰らぬ人になってしまい、日本中の愛読者が深い悲しみにくれました。まるで身内の人をうしなったような気持ちだ、と多くの人が言います。これほどの親しみを込められて語られる作家は珍しいのではないでしょうか。また、お人柄についても、どの人も口をそろえて「誠実であたたかみのある方だった」と言います。このように一度、藤沢さんの作品の魅力を知った人、そのお人柄に触れた人は、自分の身内であるかのように感じてしまうのだろうと思います。この私も、偉大な作家を藤沢周平さん、となれなれしく呼ばせていただいておりますが、これは藤沢さんご自身が湯田川中学校の教員時代の教え子たち以外の人に「先生」と呼ばれるのを嫌ったというお話を伺って以来、親しみと敬愛の意味をこめて「さん」付けで呼ばせていただいているものです。同郷のよしみ、ということでお許し下さっていると存じます。
さて、藤沢周平さんは数多くの作品を遺されました。そのほとんどが時代小説でありまして、ご存知のように荘内藩をモデルにしたといわれる「海坂藩」ものを中心に、主として江戸時代の人間を主人公にしております。剣豪ものや捕物的なものなど従来の時代小説と同じ型のものもありますが、読んでいただくとわかりますけれども、従来の時代小説とは全く違う、いわば時代小説の革新といってもよい、新しい小説の世界を創っております。時代は江戸、場所は見知らぬ地であっても、どの人にも共感できる人間の生きる姿、心、が描かれております。
今回は数多い傑作の仲から、何をとりあげてお話しようかと迷いましたが、「耐えること」の大切さ、という観点から作品を取り上げてお話したいと思います。
「耐えることの大切さ 藤沢周平文学に教えられること(中)」へ続く
(1997年4月 鶴岡ロータリークラブ講演より)