藤沢周平さんは、鶴岡市の郊外、金峯山の麓(ふもと)の高坂で生まれた。農家の次男坊である。どこの家でもそうだったように藤沢さんも、子供のころは農業の手伝いをよくした。春の田植え、秋の刈り取りのいわゆる農繁期は、子供といえども立派な働き手だった。少年のころの写真で、田のあぜ道で撮ったものがある。家族や親類総出で稲上げをしていたときのものであろうか。夏は茄子(なす)畑の水かけの仕事があった。この情景は多くの作品に出てくる。『蝉しぐれ』にも、主人公の少年が茄子の水やりに大汗を流す場面が登場するが、作者自身が経験したことだから、その情景はとても鮮やかである。