藤沢周平さんの作品にはさまざまな人物が登場する。武士、浪人、町人、農民。年齢もこどもから老人まで、男も女も、あらゆる層の人物が描かれ、それぞれの人生、生活が展開される。ここでは、「海坂」もの、といわれる作品群の中から、さまざまな人間像を取り上げ、作者藤沢周平さんの人間観、人生観などを探ってみたい。
まず初めに『玄鳥』の女主人公・路(みち)と『潮田伝五郎置文』に登場する七重(ななえ)の2人の女性から、女の幸、不幸についてどのように描かれているかを見てみよう。
『玄鳥』の路は、海坂藩で代々物頭を務める家に生まれた。父親は200石の禄をいただき、物頭として仕える他に、舞外流の剣法の指導もしている豪胆な男であった。兄がいて、妹と4人家族の少女時代は、路のもっとも幸せな時期であった。母親は早逝してすでにいなかったが、父の剣の弟子が多く出入りし、家庭の雰囲気はいつも温かかった。
しかし跡継ぎの兄が、ふとした病がもとで急死し、長女の路が婿をとることになる。その婿、つまり路の夫となったのは、350石の上士の次男で、仲次郎という男である。仲次郎の実家は御奏者を任とする家柄で、路の家とは違う雰囲気の家であった。性格的にも仲次郎は父親と正反対で、神経質であった。それでも路の父親が生きているうちは、路も夫のそういう性格に特別違和感を抱かなかったようだ。父が死に、仲次郎が一家の主人になると、徐々に家庭の空気が変わってゆく。その2人の間に広がってゆく、越えられない溝のようなもの、を象徴するのが「玄鳥」騒動である。毎年、春になると巣を作り、人家近くで子育てをするつばめ。そのつばめが門の軒下に作った巣を取り外すように命令する仲次郎に、路はとまどいを覚える。しかも、巣の中には子つばめもいたのであるが、仲次郎は容赦しなかった。当主である仲次郎の命令は絶対である。下男が巣を壊したときの親鳥たちの、悲痛な鳴き声が路の心に刺さった。
「不幸せな女(2)」へ続く