一方、『潮田伝五郎置文』の女主人公・七重は、伝五郎より2、3歳上の美貌の女性である。海坂藩の中老、640石の上士である菱川多門の長男・庫之助に嫁いだ。七重の実家は360石、奏者の家柄である。中老の家に嫁いだのは七重の美貌ゆえであって、夫の庫之助とよく似合いの美男美女として羨ましがられた。その七重は、伝五郎の永遠の女神なのである。わずか17石の軽輩の家に生まれ、平凡な妻をめとり、生活に追われる伝五郎にとって、幸せに暮らす七重を思うことだけが光明なのであった。
しかし七重は幸せではなかったのである。詳しくは語られていない。七重は、夫が立派過ぎる人であること、藩の中枢に座るためにのみ、自分を磨きたて、飾り立てていることに飽き飽きしていた。妻にさえ、虚飾された姿しかみせようとしない男。それは、夫というよりも一種の妖怪がそこに座っているように感じるのである。
「不幸せな女(4)」へ続く