次に挙げる『夢ぞ見し』の主人公・昌江は、変化のない日常生活の繰り返しに飽き飽きしている、ごく平凡な主婦である。結婚して10年。今20代の終わりごろである。なかなか子が出来ない。舅姑もいないので、頼りにするのは夫だけである。ところが、夫は仕事が忙しく、毎晩帰りが遅い。普段から無口な男が、飯を食べ終わるとさっさと寝てしまう。話し相手になってくれず、昌江の不満、イライラはたまる一方である。娘時代からの友人と亭主の悪口を言い合うのがせいぜいのストレス発散法であり、昌江は自分の結婚は間違いだったか、と時々思う。かといって浮気などは話のタネでしかなく、実行するチャンスの勇気もない。こういう毎日が続き、昌江の家は亀裂が入りかけていた。
ところが、この家にある日突然1人の若者が転がり込んできて居候となる。江戸から来たというこの若者は、遠慮ということを知らず、昌江は戸惑うのだが、どこか育ちの良さを感じさせる大らかなこの若者を世話する。若者に対する夫の態度にも解せないところがあるが、変化の乏しい毎日を送っていた昌江にとっては緊張あり、波乱あり、胸のときめきもありの連続で、しばし華やぐのであった。実はこの若者は藩主の家督相続争いの渦中にあった人物で、昌江の夫もその争いに巻き込まれ、昌江の目の前で斬り合いをしたりする。何も知らない昌江は若者が馬に乗せられてどこかへ連れてゆかれるのを見送り、自分の夢のような日が終わった、と悟るのであった。
「不幸せな女(8)」へ続く