高校生の活字離れについては、言われてからすでに久しいが、残念ながらその傾向は年々強まっていると言わざるを得ない。短編小説やエッセイなどの比較的短い文章でさえ、読むことを面倒に思い、避けたがる生徒は増え続けている。ましてや長編小説ともなると、完全な拒否反応を示す。例えば、高校の国語教科書には夏目漱石の『こころ』が載っている。作品の相当部分が省略された形態をとっているとはいえ、長編小説であるため長文の教材になっており、それを生徒に読ませ理解させるのにいつも悪戦苦闘を強いられる。授業の方法をあれこれ工夫しても、生徒の読書意欲は少しも向上しない。
このような実態を十分承知しながらも、郷土の著名な作家であり、人間を描いては右に出るものがないと評される藤沢周平の作品を、とりわけ長編小説の傑作『蝉しぐれ』を高校生に多く読ませたいという願望が、長い間心の中にたまっていた。たしかに、この地区でも『蝉しぐれ』を課題図書として採り上げた高校があり、優れた感想文を書いた生徒も出ていたし、また推薦図書の1つに挙げて生徒にPRする高校もあった。しかし、『蝉しぐれ』を、教室で、クラスの生徒全員が一斉に読み、共通の学習作業を行い、評価をし合うという、いわゆる「作品の教材化」の試みはまだなかった。種々のためらいや戸惑いはあったが、生徒が主体的に取り組む読書作業に教師もともに参加し、このことによって生徒が長編小説に対して抱く抵抗感を少しでも和らげていくならば―と、意を決して『蝉しぐれ』教材化の実践活動に入った。