小野 伴 (県立日本海病院放射線科医長)
緩和ケアというと、末期がんに対するターミナルケアのイメージを強くもたれる方が多いと思います。しかし実際は、がんの診断が下されて治療が始まるのと同時にケアが開始されることが望ましいと考えられています。緩和ケアとは、単に疼痛(とうつう)コントロールや、末期医療ではなく、精神的、肉体的なサポートを意味しています。
放射線治療も同様に、手術不能の進行がんに対して対症的に行われるものという暗いイメージがあるようです。放射線治療でもやってみましょう、放射線治療しかありません、といったいわゆる“でもしか”治療と表現されたりしてきたこともあります。しかし、これは大きな誤解で、放射線治療はまさに緩和ケアを兼ね備えたがん治療の一つです。
高齢者や合併症がある患者さんで、手術や抗がん剤の治療に十分耐えられないような場合でも、放射線治療は可能なことがあります。この治療では放射線をかける(照射する)部分のみの局所的な作用にとどまるので、他の治療に比べて身体的な負担は軽いことが多いのです。
よく誤解される脱毛や、強い副作用で全身状態を損ねることはほとんどありません。放射線治療は、治療台に動かないように寝ていただいて、体の外側から患部を狙って放射線をかけていきます。一回の治療は10分程度で、照射自体に痛みや熱感は全くありません。この治療を2週間から2カ月くらいの間継続します。病気によっては通常の生活や仕事をしながら、通院での治療も可能です。
たとえば喉頭(こうとう)がんというのどの奥のがんの場合は、手術をすればがんを取り除くことはできても声を出す機能を失うことになります。上顎(じょうがく)がん(副鼻腔のがん)や舌がんなどのがん(これらを頭頚(とうけい)部がんといいます)では、手術をすると食事や会話に支障を来したり、美容上のデメリットを生じる可能性がありますが、放射線治療はこういった機能や形態を保ったままで治療できるのです。
このように放射線治療により、生活の質(QOL)を保ちながらがん治療を受けられることは、まさに緩和ケアにかなっていると思います。他にも食道がんや肺がん、子宮がん、前立腺がんなど、放射線治療の適応となるがんの種類は多岐にわたっています。がんの治療はがんの種類や進行の状況、患者さんの状態などを踏まえてより良い治療の選択が望まれます。
さらに、がんによる疼痛のコントロールにも放射線治療の果たす役割は大きいものがあります。骨転移の痛みは時に非常に強く、薬物での制御が難しい場合もあります。また、脊椎(背骨)への転移によって手足が利かなくなったり、排尿障害などの神経症状を起こすことや、ちょっとしたことで骨が折れてしまったり(病的骨折)することがあります。こういった骨転移に対して1~2週間の放射線治療をすることで、痛みは7、8割の患者さんで軽減することがわかっています。神経症状の回避や病的骨折の防止のために行われることもあります。ただ多発性の骨転移では、すべての病変を網羅することはできませんので、適応となる病変部位を検討することとなります。いずれにしても薬物療法との上手な併用が必要です。これには患者さんご本人に、痛みや苦痛の度合いを正確に医療スタッフに伝えていただくことが大切です。
また、転移性脳腫瘍(脳転移)の治療にも放射線が使われます。脳は脳血管門といわれる機構があるため、抗がん剤などの薬物治療が効きづらいという特徴があります。手術と放射線治療が2つの大きな治療の柱になりますが、腫瘍の数や大きさ、脳のどの場所にできたか、脳以外のがんの状態などから治療方法を選択することになります。ただ脳腫瘍によって起こってくるさまざまな神経症状や、時に生命にかかわる状態も考えられるので、脳転移の際は他の部位のがんよりも優先的に治療を行うことが望ましいでしょう。放射線治療の中にも全脳照射(脳全体に放射線をかける方法)や、山形県では県立中央病院で行っているガンマナイフ治療などいくつかの方法があります。
さらに、がんによって起こる出血を止めたり、気管が狭くなって呼吸困難になったときや、難治性の咳を和らげたり、手足や顔のむくみがひどいときなど、がんによる多くの症状を改善するために放射線治療が効果を持っています。欧米では、放射線治療はがん患者さんのおよそ半数に行われている治療方法ですが、日本ではまだその半分程度で、特に山形県では十数パーセントの患者さんしか放射線治療の恩恵を受けないという数字が出ています。これには設備やスタッフの問題もありますが、日本海病院では来年度に向けて“ピンポイント治療”といわれる高精度の放射線治療が可能な治療装置に更新が決定しています。これによってさらに緩和ケアを兼ね備えた放射線治療の適応が広がることが期待できると考えています。
2007年10月23日 up