海坂藩に登場する藩士は、石高も身分も役もとりどりであるが、その家族の構成にはある種の共通点がある作品の多さに気が付く。「老人力のあふれる人たち」でも紹介したように、妻に先立たれた侘しさをかこつ初老の男が主人公になっている例が多い。『臍曲がり新左』も妻をなくし、18になる娘と2人暮らしをしていて、偏屈この上ない老人が描かれている。『鷦鷯(みそさざい)』という作品も同じように父娘の侘しい毎日が描かれている。『鷦鷯』では、その鳥の声を聴くと「もはやこの世から飛び去った妻の魂が、あの世から何ごとかをささやきかけているかのような」幻覚を感じ「無限のわびしさに鷲づかみにされた」思いを甦らせられ、夕闇の庭に立ちつくす主人公の心情が描写されている。
老人でなくても、主人公には父、または母がいない設定の作品が多い。直木賞の受賞作『暗殺の年輪』は、父親が暗殺に失敗して斬殺され、石高を減らされた家で、母親とひっそりと暮らす葛西馨之介という青年の物語である。母も自殺し、馨之介の家は崩壊する。『蝉しぐれ』の主人公、牧文四郎の場合は、敬愛していた養父が切腹し、養母と2人、長い年月の間、不遇に耐えている。また、『冤罪』という作品では、明乃という娘が登場するが、この娘も母親は既になく、父親と2人で畑などを作り健気に生きてきたのに、その父親が冤罪で切腹させられ、近郊の農家に引き取られるという悲劇に見舞われている。
「崩壊する家族(2)」へ続く