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2009年(平成21年) 5月22日(金)付紙面より

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庄内浜のあば 悲哀と快活と歴史と ―11―

半世紀余列車で行商

始発車内で朝食

 JR酒田駅0番ホーム。午前5時53分始発の陸羽西線新庄行きのディーゼル列車に、上嶋みよさん(82)=酒田市北新町二丁目=は乗り込む。夏も冬も白いスカーフでのほおかぶりが、上嶋さんのトレードマークだ。

 かつて、魚を行商して歩くあばは庄内全域で1000人を超し、あば専用列車(車両指定)まで運転された。時代の流れに押されて行商人は年ごとに姿を消し、今は鶴岡市を中心に数えるほどになった。そんな中で、上嶋さんは列車を利用して行商に歩くあばとしては、おそらく庄内最後の1人になった。

 行き先は庄内町余目。午前6時9分に余目駅に着くまでの16分間は、上嶋さんにとって忙しくもあり、貴重な時間だ。いつも決まった座席に座り、弁当を開いて慌ただしく朝食を取りながら、担いできた魚の種類、数量、仕入れ値を基に小売値を計算する。もちろん暗算。頭が計算機だ。

 「あんまりもうけでもだめだし、損もできねもんだし」

 背負ってきた魚は、余目駅前でリヤカーのステンレスの魚箱に入れ替え、6時半に町に出る。食品販売では物量を誇るスーパーなど大型店に人が集まる時代。上嶋さんは自分の商いがスーパーなどより少し割高なことはよく分かっている。

 「檀家(客)だって、そのことはよく知っていて買ってくれんだ。私のは生き(鮮度)がいいからなんだよ」

 上嶋さんの言葉から、自分が売る魚への自信が伝わってくる。

毎朝3時半に起床

 上嶋さんの1日は午前3時半の起床に始まる。夕食の残り物などを使って、朝と昼2食分の弁当を作り、4時10分に自転車で約1・5キロ離れた酒田港の市場に出掛けて魚を仕入れる。魚は利幅より鮮度を優先し、檀家の顔を思い浮かべながら選ぶ。1時間ほどで魚箱2箱分、目方にして7、8キロほど仕入れると、再び自転車で約2キロ離れた酒田駅へ。魚は市場の人が車で酒田駅まで届けてくれるが、目方は、氷を詰めているのでずっしりと重くなっている。

母譲りの愛車

 余目駅前の、かつての自転車預かり所。小型乗用車なら2台は優に収まるスペースに、上嶋さんの「愛車」のリヤカーがでんと収まっている。車体は赤さび、パイプのところどころは、腐食によって小さな穴がいくつも開いている。折れた所もあるが、黒いビニールテープを巻いて補強してある。

 「リヤカーは、藤島町(現鶴岡市)に通って行商していた実家の母が使っていたのをもらった。大事に使ったので、今までパンクの修理と何年か前に車輪を交換しただけ。ほかは昔のまんま。丈夫なもんだ」

 そう言われてよく見ると、さびた車体の中で車輪とスポークやリムだけがピカピカだ。

 リヤカーの空になった魚箱に残ったのは、一本の出刃包丁。酒田市内の手打ち刃物店で20年前に作った、上嶋さんにとって3本目の“相棒”だ。「あのころ7000円もした。今だば倍はすんでろの(するだろう)」

 その手打ち刃物店は今はない。

(論説委員・粕谷昭二)

ほぼ決まった時間に檀家に声を掛ける。一言二言の会話も上嶋さんにとっての楽しみだ(庄内町余目で)(左) 小路を歩く上嶋さん。ゆっくりだが、しっかりした歩みだ(JR余目駅前で)
ほぼ決まった時間に檀家に声を掛ける。一言二言の会話も上嶋さんにとっての楽しみだ(庄内町余目で)(左) 小路を歩く上嶋さん。ゆっくりだが、しっかりした歩みだ(JR余目駅前で)



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