2016年(平成28年) 2月25日(木)付紙面より
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アサガオの種でつなぐ「いのち」と「地域」―。鶴岡市立渡前小学校(土屋常義校長、児童113人)の特別支援学級で学ぶ児童4人が年間を通して関わってきたアサガオの種を今年も「命のバトン」として地域に配布することにし、23日は市立藤島こりす保育園(秋山文子園長)や渡前地域活動センターなどに届けた。
「地域で育ちゆく子どもたちと地域をつなぐ活動」(土屋校長)として、2013年度からスタート。3年目となる本年度も1―3、5年の4人の子どもたちが4月の土づくりから5月の種まき、日常的な草取りや水掛け、ネット張りなど年間を通して取り組み、重さ約2230グラム、粒にして約3万6000粒の種を収穫。担任の教諭2人のアイデアで本年度は花壇のブロックに自分たちで色を塗り、「今日は○色の花壇の草取りね」など子どもたちが主体的に取り組めるよう工夫も重ねてきた。
収穫した種は生活単元学習の中で子どもたちが3グラムずつ計量し、「今年もきれいな花がいっぱいさきました」「ぜひ種をまいてください」などの一人一人のメッセージと活動写真を載せた手紙とともに封筒に入れた。
学区内の全500戸をはじめ、渡前地域活動センター、市教育委員会などに届けることにし、23日は卒園した児童もいるこりす保育園を最初に訪問。4歳児41人が出迎え、4人が「植えてください」と20袋をプレゼント。小学生のお兄さん、お姉さんの登場に子どもたちも大喜びで、3年の浅賀枇奈さん(9)は「草むしりが大変だった。子どもたちに会えて良かった」と笑顔を見せていた。
学区内には今後町内会を通して配布。土屋校長は「地域からもアサガオが咲いたという手紙が子どもたちに届き、活動の意欲も高まっている。『命のバトン』の活動を通して、温かな地域の目に見守られて成長していける環境づくりに努めたい」と話していた。
2016年(平成28年) 2月25日(木)付紙面より
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鶴岡市は23日、同市羽黒町松ケ岡にある国指定史跡「松ケ岡開墾場」の保全、継承を目的に、史跡内の大蚕室や土地の一部を買い取る方針を明らかにした。市が管理に関わることで文化庁の「日本遺産」認定に向けた取り組みを強化し、伝統の絹産業による地域振興を目指す「シルクタウン・プロジェクト」の中心的な施設として活用していく考え。同日発表した2016年度一般会計予算案に取得関連経費1億7700万円を盛り込んだ。
松ケ岡開墾場は1872(明治5)年、旧庄内藩士3000人が刀を鍬(くわ)に持ち替えて荒野を開墾して桑畑を造成。75―77年には「日本一の蚕室群」とされる大蚕室10棟を建設し、養蚕を進め、鶴岡の絹産業の礎を築いた。現在、木造2階建て、延べ床面積約700平方メートルの大蚕室が5棟残り、1989年に国の史跡に指定された。大蚕室は、開墾や絹産業の歴史、文化を紹介する展示、ギャラリーなどに活用されている。
国の史跡指定後、99年以降は老朽化が進む建造物の修復が継続されてきた。国や県、市の補助金を活用した修復費はこれまで約3億円に上り、このうち約5000万円を所有者が賄っている。市は、民間による維持管理は将来的に難しくなるとして、買い取りを決めた。
買い取るのは大蚕室5棟と木造2階建ての旧寄宿舎(延べ床面積約350平方メートル)、土地約2万4000平方メートル。蚕室は致道博物館と旧庄内藩酒井家ゆかりの松岡物産、土地は旧藩士の子孫らで組織する地縁団体「松ケ岡開墾場」(山田鉄哉理事長)などが所有している。
市は、わが国の近代化に貢献した絹産業を後世に伝えるため、文化庁が2015年度に創設した「日本遺産」への認定を目指し、江戸から明治へと続く城下町鶴岡の近代化遺産をテーマに、昨年に続いて同庁へ認定申請した。榎本政規市長は「松ケ岡開墾場は文化的、歴史的価値が高い。修復が手遅れとなる前に対応しなければならないと考えている」と説明する。市は所有者との間で買収額を詰め、16年度中には保存活用計画を策定する方針。
酒井家18代当主の酒井忠久致道博物館長は「先人たちが守ってきた貴重な遺産だが、民間だけで保存修理、管理するのは限界がある。公的機関が一体的に蚕室や土地を所有して管理することが、将来のことを考えても最善の方法と考えている」と話している。