2017年(平成29年) 11月21日(火)付紙面より
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日本城郭協会選定の「続日本100名城」にも選ばれた鶴ケ岡城址(現鶴岡公園)について知識を深める「?城下町鶴岡を学ぶ?『鶴ケ岡城』についての勉強会」が20日、鶴岡商工会議所会館などで開かれた。室町時代の大宝寺城を礎に明治の廃藩置県に伴い1876(明治9)年に解体されるまでの沿革や造りを座学で学び、同公園周辺を歩いて面影をたどった。
鶴岡商工会議所観光部会(部会長・橋本政之荘内日報社社長)が主催。続100名城選定や5年後の酒井家入部400年の節目の年を控え、城下町の面影が残る同公園周辺を市民も観光客も風情を感じる場としていくため、鶴岡の歴史の知識を深めていこうと企画。一般にも広く告知したところ、定員30人を上回る49人から申し込みがあった。
この日は初めに橋本部会長が「関心の高さにうれしい限り。解体された百四十数年前の鶴ケ岡城の姿をどうにか今によみがえらせたい」とあいさつ。引き続き市史編纂委員の秋保良さんが講師となり、「鶴ケ岡城について」と題して資料を基に解説。元は武藤氏が築いた大宝寺城を、1603(慶長8)年に最上義光が自身の隠居城として鶴ケ岡城と改称したのが始まり。秋保さんは「その頃、酒田沖に大きな亀が上がったことから酒田の東禅寺城を亀ケ崎城としたことから、縁起がいいと鶴とした」と説明。また、お家騒動で最上家が改易になった後、22(元和8)年に酒井家の居城となり、町割りが進み現在の鶴岡の原形となった経緯を解説し、城の構造や現在地などを説明した。
その後、小雪が舞う中、鶴岡公園周辺を歩いて現地研修。御角櫓跡の市役所交差点付近や土塁などを実際に見て歩き、希望者は鶴岡南高近くの新形口木戸跡を見学した。
2017年(平成29年) 11月21日(火)付紙面より
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本年度で閉校となる鶴岡市立栄小学校(齋藤範夫校長、児童38人)の閉校式が19日、同校で行われた。在校生や保護者、教職員、卒業生の中高校生、地区住民らが出席し、144年の歴史と伝統を誇る学びやに感謝を告げた。来年4月、京田小との2校統合による新生・京田小としてスタートする。
栄小は、1874(明治7)年、播磨学校(旧播磨村)、永伝学校(旧湯野沢村)として創立。1921(大正10)年に統合して栄尋常小学校、戦後の47(昭和22)年に栄村立栄小、55年に鶴岡市立栄小となり、歴史を積み重ねてきた。鶴岡地域北部の田園地帯にあり、地域との深いつながりの中で学校田を活用したさまざまな取り組みなど、地域と一体となった特色ある教育を進めてきた。戦後の新制小学校以降、1600人を超える卒業生を送り出している。
閉校式には学校教育関係者らも含め約340人が出席。加藤忍教育長の閉校宣言に続き、皆川治市長が「栄小は地域に支えられ、心優しく、たくましい子どもたちを育み、多くの人の心の中で、その歴史と伝統が生き続けている。伝統を受け継ぎ、これからも子どもたちが大いなる成長を遂げることを祈念する」と式辞。齋藤校長が「栄の子どもたちは、みんな素直で優しく、いつも笑顔があふれていて、栄小が大好きです」と声を詰まらせてあいさつすると、出席者からすすり泣きの声が漏れた。
最後の卒業生となる児童代表の6年の上野友羽さんは学校生活を振り返り、「閉校のことを考えると悲しくなるけど笑顔で、栄小に今までみんなを見守ってくれてありがとうと伝えたい。家族や地域の人たちに支えられて栄小で学んだこと、栄の心を大切にしていきたい」と述べた。
式典後は全校児童の発表、正面玄関前に設置した記念碑の除幕、地域住民や地元から離れた卒業生たちも参加した「思い出を語る会」が開かれた。