2020年(令和2年) 8月16日(日)付紙面より
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鶴岡市羽黒町手向の月山高原で市内の多職種連携でヒマワリを育てて活用する「月山高原ひまわりの環(わ)プロジェクト」が進められている。農業や福祉、飲食、商業、高等教育機関の「農福食商学」の連携で種から油を搾ったり、葉や茎から紙を作ったりして、特産品開発による農業振興や障害者の就労支援など多面的な波及効果が期待されている。
この取り組みの中心になっているのは、羽黒地域の農家でつくる農業法人「ハグロファーム」の齋藤力代表(62)=羽黒町川代。2010年から月山高原の耕作放棄地で搾油用のヒマワリ「サンフラワー」を無農薬で育て、夏場の観光スポットとして定着しつつある。
昨年度は市の中小企業ものづくり振興事業補助金の採択を受け、ヒマワリ油を搾った。種の収穫と殻むきは、社会福祉法人「いなほの会」が運営する障害者就労支援事業所「さくらが丘」(羽黒町川代)の利用者が担当。農産物のネット販売を手掛ける「庄内の恵み屋」(東原町、佐藤幸直社長)が瓶詰めにして販売するほか、イタリア料理店「アル・ケッチァーノ」(下山添)の奥田政行オーナーシェフにも活用してもらう。
また、ヒマワリの茎や葉から繊維を取って「ヒマワリ紙」をすき、さくらが丘の利用者がブローチやイヤリングを製作。繊維の抽出に関しては、鶴岡工業高等専門学校教育研究技術支援センターの伊藤眞子副技術長の技術指導を受けた。
今年3月の初の搾油では、庄内の恵み屋の関連の農業法人「庄内野の風ファーム」(播磨)の搾油機を使い、ヒマワリの種約20キロから瓶詰めの油約100本(1本140ミリリットル)分の試作品ができた。量は多く取れないが、風味が良い低温圧搾で、クセがなく、透明感ある油が取れたという。
伊藤さんによると、ヒマワリ油はビタミンEが豊富で、劣化しにくく、料理のほか、椿油のように髪にも付けられるという。
より本格的な生産に入る今年は6月初旬、月山高原の耕作放棄地約2ヘクタールに種をまいた。10月中旬ごろに収穫し、12月ごろに搾油、ネットや地元の産直などを通じて販売する。価格は1本1000円前後を予定。一方、ヒマワリ紙の小物は現在、見頃となったヒマワリ畑に来た観光客らに1個200円程度で販売している。収益はいなほの会に渡し、就労支援につなげる。
齋藤さんは「国産で無農薬のヒマワリ油はあまりない。さまざまな人の関わりで、農業だけでなく、障害者の就労支援や地元の食の活性化など波及効果が広がれば」と話している。
鶴岡地区では、ヒマワリのほか、エゴマ、菜の花でも同様の農福食商学連携の動きがあり、ヒマワリを含め「ベジタブルオイル3リング」と称するネットワークを形成。連携してさらに活動を活性化させていくという。
2020年(令和2年) 8月16日(日)付紙面より
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戦後75年を迎えた終戦の日の15日、「平和の鐘」を鳴らす運動が全国各地で行われた。鶴岡市宝町の宗傳寺でも住民たちが戦没者の追悼と平和への願いを込め、ゴーン、ゴーンと鐘の音を曇天の夏空に響かせた。
宗傳寺では、2010年に第五学区の住民有志で結成した「5学区九条の会」が13年から毎年、同寺の協力で実施している。8回目の今年は会員約20人が参加。正午に合わせ、一人が1回ずつ鐘を突いた。同会の呼び掛け人の一人、渡辺みよ子さん(82)=同市宝町=は「戦争は絶対に嫌。世界平和への願いを新たにして突いた」、別の80代の女性は「75年前の今日は父の生家の余目(庄内町)に疎開していて、玉音放送を聞いた。あの声は忘れられない」と語った。
鶴岡市の鶴岡公園内にある護国神社ではこの日、「慰霊と平和を願う集い」が行われた。戦没者の遺族ら15人が参列し、市遺族会連合会の山田登会長が「戦没者の方々の犠牲の上に成り立っている平和の尊さに思いを巡らせ、令和の時代も平和で豊かな社会に努めていかなければ」と追悼の言葉を述べ、正午に政府主催の全国戦没者追悼式のテレビ放送に合わせて黙とうをささげた。