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2022年(令和4年) 7月26日(火)付紙面より

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旧善宝寺駅舎解体へ ホームに関係者集い感謝伝え工事の安全願う

 鶴岡市下川の善寳寺(水口道雄住職)駐車場にある旧庄内交通湯野浜線善宝寺駅舎が解体されることになり、23日、旧駅ホームで同寺による祈祷が行われた。1929(昭和4)年から75(同50)年まで46年にわたって鶴岡駅から湯野浜温泉までを結んだ「湯野浜電車」の最後の遺構と知られ、鉄道路線廃止後、善寳寺を模した駅舎は「善宝寺鉄道記念館」として20年ほど前まで利用され、電車とともに公開されていた。駅舎建物の傷みが激しくなり、危険度が増したため解体する。鶴岡の昭和の遺構がまた一つ消える。

 湯野浜電車は、庄内電気鉄道(のちの庄内電鉄)が運行し、戦前の43年に庄内電鉄を合併した庄内交通が営業を引き継いだ。羽越本線鶴岡駅から鶴岡市北部の京田、安丹、北大山、善宝寺、七窪の各駅を経由して湯野浜温泉駅までを毎日結んだ約12キロの鉄道。通勤・通学客をはじめ、善寳寺の参詣客、湯野浜温泉の観光客・海水浴客、魚の行商の「アバ」などを運び、年間輸送人員は最盛期に200万人ほどあったという。水田地帯を走る路線で米などの貨物輸送も担った。

 湯野浜電車では、関根(高橋)恵子さん、篠田三郎さん主演の映画「成熟」(71年)のロケが行われた。鶴岡市出身の作家・藤沢周平さん(1927―97年)は湯野浜線の線路を加工した文鎮を愛用し、書斎には庄内平野の田園を走る湯野浜電車の写真も飾っていた。

 75年3月末での営業終了後、善寳寺は旧善宝寺駅舎を庄内交通から取得。78―93年の15年間、旧駅舎を鉄道記念館として営業していた。ホームには湯野浜電車の創業当時から走っていたとされる、日本海の夕陽と庄内平野の黄金色の水田をイメージさせる2色で塗られた電車「モハ3形」1両も展示された。

 旧駅舎の老朽化が激しく、特に屋根部分の傷みが著しくなり、近隣住民や参詣客への被害が懸念されることから、善寳寺が取り壊しを決めた。

 水口住職が導師を務めて行われた解体祈祷には、同寺の僧侶や工事関係者ら約30人が参列。般若心経の読経などで旧駅舎への感謝の気持ちを伝えるとともに、工事の安全を願った。兵庫県明石市から参詣に訪れて、祈祷に偶然立ち会った川畑正明さん、正恵さん夫妻は「昭和レトロを感じさせる、とっても雰囲気のある電車と駅舎ですね。走っている湯野浜電車、善宝寺駅に入ってくる電車を見てみたかった」と話し、旧駅舎内やホームの電車をカメラに収めていた。

 水口住職は「庄内交通湯野浜線最後の遺構として、また歴史的な鉄道文化遺産として保存に努めてきたが、傷みが激しく、やむなく解体せざるを得なくなった。当時のまま残る旧駅舎の備品類やホーム、軌道は何らかの形で残し、伝承していければ」と話した。旧駅舎は本年度に解体し、モハ3形電車は来年度以降の処分となる。

旧善宝寺駅ホームにあるモハ3形電車の前で解体祈祷が行われた
旧善宝寺駅ホームにあるモハ3形電車の前で解体祈祷が行われた



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