2023年(令和5年) 10月31日(火)付紙面より
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鶴岡市羽黒町松ケ岡の東北振興研修所(伊藤彰理事長)で24日、幕末から明治にかけて活躍した博物学者、松森胤保(まつもり・たねやす、1825~92年)のやしゃごが、胤保が残した膨大な著書の中から野鳥の細密画や飛行機の図面などを写真で紹介し、「日本のレオナルド・ダ・ビンチ」とも言われる多彩な生涯をたどった。
同研修所が年3回開いている企業経営者や幹部を対象にしたセミナーで会員ら約40人が参加。胤保のやしゃごにあたる同市の松森写真館館主、松森昌保さん(78)が、「異能の巨人 松森胤保」の演題で講演した。
胤保は旧庄内藩士家に生まれ、旧松山藩家老として江戸市中警護、薩摩藩邸焼き討ちなどを指揮。戊辰敗戦後は鶴岡に戻り山形県会議員、酒田町戸長など務めた。公職で活躍する一方、動物学、植物学、天文学、民俗学など多面的な研究をした。研究した物事を文章と共に細密な自筆の絵図を加えた著書は400冊を超えるとされる。代表的な「両羽博物図譜」(酒田市立図書館所蔵)は植物学者の牧野富太郎が感嘆したという。
松森家15代目の昌保さんは胤保の次男が開いた写真館を継ぎ、代々伝わってきた著書を1ページずつ撮影する写真データ化に取り組んでいる。そうした写真をスライド映写機で映しながら「考案した漁網の編み機を製品化するため設計図を鍛冶屋に預け、しばらく戻ってこなかったら中央で先に製品化されていた。祖父からは『産業スパイに遭った』と聞かされた」などのエピソードも紹介した。
「飛行機や織機などの図面は6回、7回と何度も改良を重ねている。すべて独学。こうした図面がどうして描けたのか不思議だ」と語り、胤保の偉業を写真データにして長く伝えられるようにしたいという。