2023年(令和5年) 4月19日(水)付紙面より
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鳥海山の中腹を通り遊佐町と秋田県にかほ市を結ぶ山岳観光道路「鳥海ブルーライン」(延長約35キロ)で、大型連休前の開通に向け除雪作業が進められている。
県から作業委託を受けた丸高(本社・酒田市)によると、今季の積雪は最も深い秋田県境付近で約5メートルと、ほぼ例年並み。ロータリー除雪車、ブルドーザー各2台とタイヤドーザー1台の重機計5台を使い先月24日に作業を開始した。
寒気の影響で17日は、雪が降りガスがかかる悪天候の中、県境まで約1200メートル地点で作業。ブルドーザーで雪の壁を崩し、それをロータリー車がアーチを描いて吹き飛ばした。今週中には県境まで完了する見込み。その後、ガードロープの設置など交通安全対策を施し、28日午前10時に予定される一般開放に備える。
視察した同町の池田与四也副町長は「コロナ禍も収束に向かいつつある。鳥海観光に訪れる多くの皆さんを笑顔と真心でおもてなししたい」と話した。
2023年(令和5年) 4月19日(水)付紙面より
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鶴岡市山王町の山王日枝神社(武田紘宮司)で「御衣黄桜」(ギョイコウザクラ)が咲き始めた。緑色の花を咲かせる珍しい品種で、今月下旬から来月上旬に見頃を迎えそうだ。
御衣黄桜はサトザクラの品種の一つ。ソメイヨシノが散った後、4月中旬?下旬に花を咲かせる。開花したばかりの花は淡い緑色で、次第に黄色へ変化し花びらの中心部が赤くなるのが特徴。平安時代の貴族が着ていた萌黄色の衣装に、花の色合いが似ていることが名前の由来となったとされる。
花弁は10?15枚ほどの八重咲きで、希少種ではあるが沖縄県を除く全国に分布しており、鶴岡市内では馬渡地区や羽黒地域などでも見られる。
雨天となった17日、山王日枝神社の御衣黄桜は少しずつ花がほころび始め三分咲きとなった。境内には十数本の樹木が植えられており、たくさんの花が咲き始めた枝が冷たい風に揺れていた。
県内の天気は21日ごろまで雨が降ったりやんだりの不安定な天候が続き、以降は回復する見込み。
2023年(令和5年) 4月19日(水)付紙面より
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龍神様を祭る鶴岡市下川の善寳寺(水口道雄住職)で18日、春恒例の「龍王講春大祭」が行われた。地元の幼児たちによる稚児行列や本堂での大祈祷を通し、多くの信者が龍神様とのご縁を結んだ。
龍王講は入講者が龍神様とご縁を結び、家内安全や身体堅固、心願成就などの加護を得るもの。春大祭は毎年4月に行われ、今年は18?21日の4日間となっている。
この日は前日の雨が上がり、午前9時40分に西郷や湯野浜地区の5歳児6人と保護者、僧侶、講員など約50人が行列となり、山門をくぐり本堂に続く96段の大石段を登った。
行列が本堂に着いた後、お釈迦様の誕生を祝う「仏誕会(ぶったんえ)」(灌仏会、花祭りとも)が行われた。講員たちが講を詠唱したほか、稚児たちがハスの花をかたどった色紙をまき、参列した信者たちが大事そうに拾い集めていた。仏誕会の後は大祈祷が行われた。
母も小さいころ龍王講の稚児行列に参加したという杉山琴音ちゃん(5)は「きれいな着物を着てうれしい。石段を登るのも楽しかった」と笑顔で話していた。
2023年(令和5年) 4月19日(水)付紙面より
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「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」―は、童謡詩人・金子みすゞの代表作『私と小鳥と鈴と』の一節。鈴も小鳥も私も、それぞれに持っているものと持っていないものがある。それは、それぞれの個性であり、尊重したいという意味に聞こえる。小学校の教材でも使われる理由がそのあたりにあるのだろうか。
鶴岡市田麦俣の、旧大網小学校田麦俣分校が民間の力で新しい学びの場として生まれ変わって16年。名付けて「たにしの楽校」。そこには、「みすゞ文庫」が設けられている。5月3日の今年の開校には、広く募集した「金子みすゞさんへ」の手紙を、文庫内で展示し、みすゞに思いを寄せる。
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「たにしの楽校」とはユニークだ。田麦俣分校の保存活動に取り組む、鶴岡市の南正一さんが子どもの頃食べたタニシ(淡水生の巻き貝)のおいしさが忘れられず、仲間と話し合って決めた。▽た=楽しく▽に=にぎやかに▽し=幸せに。懐かしさの中にこそ学びの原点があるというのが楽校名の由来だ。同分校は1881(明治14)年の開校以来、地域の人々の心のよりどころになってきたが、2005年3月に廃校になった。南さんは地域の出身ではないが、市に頼み、活用しながら保存に取り組むことを認めてもらった。
南さんが、本紙に寄稿している「がんばるたにしの楽校」の連載が、近く100回を迎える。93回目のテーマは「この指止まれ」。昔の子どもは、家の周りや神社の境内で、夕方暗くなるまで遊んだ。おにぎりを持ち、かくれんぼ、縄跳び、缶蹴りなどと遊びは素朴。ガキ大将が仲間内のトラブルを鎮めてくれるなど、子どもたちの心は充実していた。南さんは「そうした子どもたちの姿は、今こそ必要」と考えている。
金子みすゞ(1903―30年)は、大正末期から昭和初期にかけて活躍した。26歳の若さで亡くなるまでの間、約500編の詩を残したが、みすゞの作品が注目されたのは、亡くなって50年も過ぎてから。今年はみすゞの生誕120年に当たる。
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みすゞの詩に人々が心を打たれるのは、人知れずに自然界に存在するものへの思いやり、「生」のあるものへのやさしいまなざしがあふれているからのようだ。詩は推敲(すいこう)を重ねたというより、物事と出会い、目と心で感じたことをそのままに、誰でも感じるようなことを飾らない言葉で表しているからではないだろうか。
たにしの楽校には全国で唯一、みすゞ作品の出版元のJULA出版局公認の「金子みすゞ文庫」が併設されている。みすゞが亡くなって90年以上を経ても詩は新鮮で、今、目の前で生み出されたような言葉でつづられている。たにしの楽校の呼び掛けに、みすゞへのどんな手紙が寄せられていることだろうか。
2023年(令和5年) 4月19日(水)付紙面より
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三川町を流れる赤川で17日、増水した時だけに織りなす川面と雑木林の「自然美」が見られた。北海道美瑛町にある人気スポット「白金青い池」とまではいかないが、水面から木がのぞく神秘的な姿を現した。
場所は県庄内総合支庁の前の赤川。国土交通省酒田河川国道事務所赤川出張所によると、前日に降り続いた雨で、この時期1・5メートルの水位が17日午前11時から正午にかけて最大2・6メートルまで上昇した。川岸にある木の根元が川水で隠されたようになり、増水した時だけに見られる光景が広がった。小魚が捕れるのか水面をついばむシロサギの姿もあった。
赤川出張所によると、この場所は河道整備の際、野鳥に配慮し雑木林をすべて伐採せずに数本残すようにした。そうした整備方法も今回の光景を生み出した。ちなみに赤川の水位が3・5メートルになると水防団が警戒態勢に備えるという。