2024年(令和6年) 2月1日(木)付紙面より
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近年の科学技術の進歩によって私たちを取り巻く環境が目まぐるしく変化し、次々と不確実で想定外のことが起こり、将来の予測が困難な状況にあることから、現代は「VUCA(ブーカ)の時代」とも呼ばれています。「VUCA」とは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語で、元々は東西冷戦終了後の1990年代後半、複雑化した国際情勢の中で戦局が見通せない状況を示す軍事戦略の用語として米軍で用いられてきたようです。そして、2010年頃から、変化が激しく先行きが不透明な社会情勢を指してビジネス分野でも使われ始め、16年に開催された「世界経済フォーラム(ダボス会議)」で取り上げられたことによって世界的な共通認識となりました。さらに、昨年3月に中教審から出された「次期教育振興基本計画について(答申)概要」に「VUCAの時代」という言葉が記載され、日本の教育にも登場するようになりました。
このような社会の変化に応じて教育内容・指導も大きく変わり、現在の学校現場では教育DXの推進によって校務のデジタル化をはじめ、カリキュラムや学習の在り方を革新するとともに、時代に対応した教育が確立されつつあります。しかし、子どもたちの技術的な情報活用能力がいくら向上しても忘れてならないのは、教育の根幹である「学び」の本義です。ややもすると、教育においては「知る」ことに重点を置きがちですが、それは対象を単なる事実として捉えることです。「学ぶ」ということは、対象の本質に気づき、他に応用・活用できるようにすることなのです。
「他人の真似をする」。この言葉は、独創性や創造性を育むことを目的とする今の教育においてはそぐわないと批判する人が少なくないと思います。しかし、「学ぶ」の語源は「学(まね)ぶ」であり、「真似(まね)ぶ」と同じです。幼児は、見たり聞いたりするもの全てを「真似る」ことによって身につけ、これらを知力・能力としていきます。つまり、「学ぶ」ことは「真似る」ことから始まるのであり、古今の多くの人物が「真似る」ことの重要性を論じています。
例えば、世阿弥は能の理論書と言われている著書「風姿花伝」の中で、『おおよそあらゆるものをすみずみまでそのまま真似ることが本意である』、すなわち、真似ることは自分の技量を高めることに繋がっていると述べています。
また、吉田兼好は「徒然草」85段の中で、『偽りても賢を学ばんを、賢といふべし(偽りでも賢さを真似したらその人を賢いというべきだろう)』と、良いものの真似の意義を説いています。
日本の武道や芸道では、師匠や先生から基本の「型」の指導を受けて、その型を「真似る」ことから「学び」が始まります。また、アップルの創業者スティーブ・ジョブズや画家パブロ・ピカソは、偉大なアイデアを真似、貪欲に盗んできたと自ら述べています。単なる物真似ではなく、明確な目的を持ちながら「真似る」ことは、それを自分の課題に取り込むことによって内在する能力を掘り起し、さらにそれを極めていけば独創性や創造性を培うことになるのです。「学び」の始まりである「真似び」の意義を今一度考えるとともに、予測困難で変化の激しい「VUCAの時代」の中で、子どもたちが社会に流されることなく確固たる「学び」を通して自己を確立し、未来に向けて自らが社会の創り手となり、持続可能な社会を維持・発展させていくことを願っています。
鈴木孝純(東北公益文科大学理事長補佐)