2025年(令和7年) 2月1日(土)付紙面より
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鶴岡市黒川で、国指定重要無形民俗文化財「黒川能」が1日から2日にかけ、夜を徹して奉仕上演される。世阿弥が大成した後の猿楽能の流れをくむとされるが、現存する能楽のどの流儀にも属さない独自の伝統として受け継がれてきた。そのためか、中央では姿を消してしまった古い演目も数多く残っている。約500年の歴史を守ってきたのは、地域の人々の信仰心と郷土愛であろうか。
春日神社の祈年祭「王祇祭」の神事能として演じられ、何よりも人々の生活に根差し、氏子がそのまま能役者となって伝承されているところに黒川能の貴重さがある。黒川能を支えるのは地域の全ての人々。庄内が誇る民俗芸能だが、魅力を広く発信する新たな取り組みも展開している。
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太くて大きなろうそくの炎が能舞台の周りで揺れる。能は稚児の「大地踏」から始まる。地底の悪霊を踏み鎮め、地中に眠る精霊を起こすため、稚児が力いっぱい舞台の床を踏む。そのあたりから農作業の豊かな実りを願っていることが伝わってくる。農業地域の人々がこぞって祭りを支えている理由の一つが、大地踏から感じられる。
王祇祭に欠かせないのが、幕あいなどに振る舞う凍(し)み豆腐料理。15センチほどに細長く切った豆腐を串に刺し、当屋宅の敷地内に建てた作業小屋の中に設けたいろりで焼く。炭火の熱さを我慢しながらの作業だが、世間話も弾むことで近隣同士のつながりが深まり、伝統を守ろうという原動力になっているのではないだろうか。
500年の伝統を守り続けていることは、地域の誇りであろう。そして、伝統を守りながらその魅力を発信する取り組みも行われている。昨年秋には黒川能保存伝承研究会のベテラン能役者が、黒川能の衣装の着付けや舞い方を指導するイベントがあった。海外公演も行われている黒川能に関心を持つ人が多いのは、宗教や霊魂など目に見えない精神文化を秘めているあたりに引かれるからではないかと言われる。
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黒川能は上座と下座を合わせて530番もの演目と20番を超す狂言を伝えているという。文化財指定の衣装の保存・管理も大変だ。地域の人々の心に根差した神事芸能であることは、農民やサラリーマンなどにかかわらず、黒川に生まれた人たちは、地域ぐるみで春日神社に奉仕していることからも分かる。
黒川能は王祇祭に始まり、秋の新嘗祭まで、季節の節目ごとに定期的に演じられる。ほかに、夏にはイベントとして櫛引運動公園の水上野外ステージでの「水焔の能」もある。能役者の舞が水面に映し出されて揺れる様は、鑑賞者をより幽玄の世界に誘い込む。地域の観光振興にも一役買っている黒川能を貫いている精神は、豊かな実りと人々の平穏な暮らしへの願い。今年も多くの祭事で演じられる。