2025年(令和7年) 3月26日(水)付紙面より
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本紙に長く連載している「がんばるたにしの楽校」が、今月14日で130回を数えた。少子化で廃校になる学校が増え、校舎はさまざまな形で再利用されている。都市交流施設、天体観測、自然体験交流施設など、学校があった地域の特性を生かして活性化につなげている。そうした中、たにしの楽校は「心を育てる」ことに目を向けている。
連載記事は、分校の保存と活用に取り組む鶴岡市の南正一さんが執筆。毎回記事に添えられる写真には、雨漏りがひどくなって床に発泡スチロールの箱を並べた様子のものもある。維持管理には大勢の人が協力している。楽校はそれぞれの心の故郷なのかもしれない。
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たにしの楽校の昇降口に、童謡詩人、金子みすゞの詩「わたしと小鳥とすずと」が掲げられている。手元にあるその詩の全文である。〈私が両手をひろげても/お空はちっとも飛べないが/飛べる小鳥は私のように/地面(じべた)を速くは走れない 私がからだをゆすっても/きれいな音は出ないけど/あの鳴る鈴は私のように/たくさんな唄は知らないよ 鈴と、小鳥と、それから私/みんなちがって/みんないい〉
先頃NHKテレビが、84年の歴史を閉じる山口県内の高校の分校の最後の卒業式の様子を特集していた。既に閉校が決まっていたことで、12人の生徒は入学から卒業まで一緒。卒業式の日、列車通学する生徒を、沿線の大勢の住民が各駅のホームに立ち、祝福の寄せ書きのメッセージを掲げ、笑顔で生徒を励ました。地域住民の心のよりどころだった学校がなくなる事への惜別の思いもあっただろう。見送りを受けた高校生は生涯忘れることができない感激を心に刻んだのではないか。
高校進学率は約99%に達し、ほぼ“義務教育”化し、国会では高校授業料の無償化が議論された。無償化によって有名私立高に生徒が流れる、との指摘もされている。しかし、学習能力が優れているエリートばかりを育てるのが教育とは限らない。閉校する分校から巣立った12人の生徒は、地域の人々の励ましを受けて、豊かな「心」を育んだように思える。
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南さんが、たにしの楽校の運営で、金子みすゞのことを前面に出しているのは、「故郷」とそこで育まれた「心」を大切にしたいからではないだろうか。分校最後の12人の高校生には、心の故郷がしっかり刻まれたに違いない。たにしの楽校の運営に関わる人たちも、同じ気持ちであろう。
高学歴社会の中で、競争することを避け「横並び」でいることに安心感を覚える傾向もあるという。それでは個性が育たなくなる。みすゞの詩にある〈鈴と、小鳥と、それから私/みんなちがって/みんないい〉は、人にはそれぞれの違い(個性)があって当たり前と言っている。卒業と旅立ちの季節に思う事だ。