2023年(令和5年) 06月14日(水)付紙面より
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「時の記念日」(10日)にちなみ、鶴岡市睦町の常念寺保育園(田中英嗣園長、園児135人)の子どもたちが12日、近くの常念寺(渡邊成就住職)の国内最古(1880年製作)といわれる塔時計(市指定有形文化財)を見学し、時間について学んだ。
「時間」という目に見えないものを身近に感じ、園児に時計の役割や時間の大切さを知ってもらおうと、同園では数十年前から毎年この時期、時計見学を行っている。今回は年長と年中児合わせて54人が常念寺を訪れた。
この日は同園の渡邊剛紀理事長(56)が塔時計の歴史や作られた経緯を説明。園児は手作りした紙の時計を持ち、「とけいのうた」を歌った。その後、子どもたちは塔時計の中に入って内部を見学。自分たちの身長の倍ほど大きい時計に目を輝かせていた。
年中の五十嵐月埜ちゃん(4)は「時計の中に何か丸いものがぶら下がっていた。理事長先生の話を聞いて、時間って大切なんだなと思った」と話した。
2023年(令和5年) 06月14日(水)付紙面より
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数少ない庄内の紅花生産者として知られる加藤富子さん(77)=酒田市東大町三丁目=が、農業を始めて今年2年目の須藤明里(あかり)さん(28)=鶴岡市切添町=に種を与えて栽培技術を伝えている。今月初め加藤さんの指導を受けて育てた紅花の新芽(若葉)を産直に初出荷したところ、珍しさも手伝って好評を得た。今後は生育をずらして収穫し、11月まで鶴岡市の産直に出す予定。加藤さんは「一般的に紅花は内陸が有名だが、庄内にも根付かせたい。生まれ育った土地から紅花の種をなくさないことが私の願い。若い須藤さんには絶やすことなく頑張ってほしい」とエールを送る。
加藤さんが酒田で紅花を栽培するようになったのは今から15年ほど前。呉服会社に勤めていた頃、展示会で紅花染の美しい反物と出会ったことがきっかけとなった。定年退職後、白鷹町の紅花農家に1年間通い続けて栽培方法を学び、知り合い農家の畑を借りて本格的に栽培を始めた。
加藤さんによると、紅花栽培は例年3月中旬に種をまき10日ほどで芽が出る。新芽の収穫は5月の連休過ぎから。7月下旬に花を咲かせる。今は食育の推進と学校給食の充実を目指す県学校給食会(山形市)に新芽を納めている。そのほかは花や葉を乾燥させた「紅花茶」を作って自宅で楽しんでいるという。もちろん種の自家採取も忘れない。
「私も年だから。若い人に引き継ぎたいという思いが強い。知り合いを通じて野菜の少量多品目栽培に取り組んでいる須藤さんと出会い、どこか運命的なものを感じる」と話す。
加藤さんの気持ちを知った須藤さんは「お願いします」の一つ返事でOK。「感覚的なことを含めて体に染み込ませるまで数年かかると思うが、加藤さんからしっかり教わりたい」と意気込みを見せる。
紅花の新芽はシンプルにおひたしやごまあえ、みそ汁にサッと入れても良し。かき揚げにしてもおいしい。在来野菜など地元の食材にスポットを当てている鶴岡市の加茂水族館・魚匠ダイニング沖海月の須田剛史料理長(47)がこのほど、須藤さんが栽培した新芽を使った御膳を考案。レストランで提供を始めた。
加藤さんと須藤さんの思いは「紅花を庄内で絶やすことなく育て続けること」―。そして庄内から紅花の食文化を発信することだ。
加藤さんは「酒田にいる40代の男性も紅花栽培を始めたが本業が会社勤めなので無理はさせられない。一人でも多く栽培を学ぶ方がいればうれしい。須藤さんから種を受け継いでもらい、私も安心して引退できそう」と笑顔を見せる。庄内産紅花の継承に向けて須藤さんと二人三脚が続く。
2023年(令和5年) 06月13日(火)付紙面より
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日本海を回遊するスルメイカを追う中型イカ釣り船団の出航式が11日、酒田市の酒田港袖岡埠頭(ふとう)で行われ、大勢の市民らが乗組員たちの航海の安全と大漁の願いを込めて送り出した。
150トン前後の中型船で船団を組み、6月初旬から年末ごろまで日本海中央部の大和堆を中心に島根県沖からオホーツク海まで操業、「<船凍(せんとう)イカ」にして水揚げする。本県関係の船は計7隻で「山形県船友漁撈長会」(山形船団)を結成し、全国トップクラスの水揚げを誇っている。漁撈長は全て飛島出身者。
出航式は2006年から市と県漁業協同組合が中心になって実施。酒田港への水揚げ高の約8割がスルメイカという「イカのまち酒田」や本県水産業をアピールする狙い。この日は山形船団のうち4隻が大漁旗を飾り酒田に集まった。午前10時ごろから善寳寺(鶴岡市)の僧侶による祈祷(きとう)に続いて式典が行われ、丸山至酒田市長、森田廣県議会議長はじめ県議、市議らが出席。また船団を見送ろうと乗組員の家族や大勢の市民らが詰め掛けた。
山形船団の本間健船団長(67)=第八十六若潮丸漁撈長=は「予定では次に港に寄るのは8月中旬ごろ。最終的には年末まで漁を続ける。年々海の中も変わってきており、漁が思い通りにはいかないのが現状だが、安全に気を付けて、必ず船いっぱいにイカを積んで酒田に帰ってきたい」と決意を述べた。
式典終了後、乗組員らは家族や友人たちとしばらくの別れを惜しみながら出航準備を進めた。毎年家族を見送りに来ているという荘司恭さん(67)は「北朝鮮のミサイルや天候など心配事は多い。無事に帰ってくるのを見ると本当にほっとする。今年も航海の安全と大漁を願って送り出したい」と話した。
船団は正午ごろから1隻ずつ、「太鼓道場風の会」の勇ましい和太鼓演奏が響く中、五色(ごしき)のテープを手にした家族らから「頑張って」などの声援を受け、出航した。