2023年(令和5年) 9月27日(水)付紙面より
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トークショーの中での質問コーナーでは出なかったが、どうしても聞きたいことがあった。それは忠次最大の見せ場の一つ、三方ケ原の戦いでの「酒井の太鼓」だ。ドラマではどのような解釈をするか興味があったのだが、終わってみれば明かりのともった浜松城の姿が映るばかり―。
ドラマで描かれたのは蜀の軍師・諸葛孔明が、魏との戦いで取った策といわれる「 空城(くうじょう)の計」。形勢不利になると使われる「三十六計、逃げるにしかず」は兵法最後の36番目。空城の計は三十二計に当たるので、最後の手段に変わりはない。武田軍との戦いに敗れて城へ逃げ帰った徳川軍が、酒井忠次の提案で取った苦肉の策。武田信玄は「空城の計」と見破りつつも、家康にそのような策を授ける家臣がいたことに敬意を表し、退却したように描かれた。
トークショー後の報道陣の質問会で「鶴岡市民としては太鼓が鳴らず、とても残念」と話しを向けたところで大森南朋さんが「あれはまったくNHKサイドの不手際」と謝り、関係者からは笑いが起こった。役柄について丹念に調べ上げる大森さんのこと、「酒井の太鼓」の逸話は知っていたが「台本にはなかった。忠次が主人公ならきっと描かれたと思いますが。申し訳ありません」とさらに謝らせてしまった。
質問会が終了するや、磯智明チーフプロデューサーが側に来て、「空城の計」と「酒井の太鼓」のどちらでいくか脚本家の古沢良太さんとも相談したが、静まり返って人がいないように見せる城内で太鼓をたたくことに整合性がないと判断してのことだったと説明。「酒井の太鼓」も候補にあっての結果だという。孔明は静かな城内で琴を弾いたというが、と納得しない部分も残しながら、あの日の浜松城は美しかったことに免じて、“次の機会”を待つことにしたい。
最初の質問に戻るが、本当は「残念だ」の後に「忠次の見せ場が減ってしまい、どう思われましたか?」と続けるはずだった。しかし、大森さんの「台本になかったので」という言葉で、主役は家康と分(ぶ)をわきまえ、「見せ場が減ったとは思わない」と答えると思い、それ以上は質問を続けなかった。
だが、待てよ。トークショーではこんなことが。
番組の次週予告の最後に家康の金陀美(きんだみ)具足をかぶった出演者の顔がくるくる変わる演出が好評だという話が出た折、大森さんはオンエアを見て、「あれ、オレ出なかった」と思うことがあると言っていた。やはり、見せ場があればうれしいのだろう。
忠次にはこれから、もっと大きな見せ場が待っている。家康は関ケ原の戦いを経て天下の大将軍へと上り詰めるが、忠次は関ケ原以前に亡くなっている。磯チーフプロデューサーは「いずれ家康と忠次に別れがくる。最後に家康に伝えるメッセージは、数正と同じ、いやそれ以上にインパクトのある言葉となっている」と期待を持たせた。
「忠次の最後の回も楽しみにしていてください」と笑顔で話す大森さん。放送がいつなのか、まだ発表はないが、その日は近い。(編集局・難波恵美)