2023年(令和5年) 9月21日(木)付紙面より
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最終盤を迎えたNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった牧野富太郎(1862―1957)が90年余り前、植物採集のため鳥海山(2236メートル)を訪れた際に、同行した地元住民らと一緒に収まった写真2枚が、遊佐町上蕨岡の神職、太田幹人さん(63)方に残されている。「祖父、俊賢(としたか)(故人)のアルバムに牧野博士の写真があるのは以前から知っていたものの、『古い写真』というぐらいのイメージだった」と幹人さん。ドラマが始まり「たまたま妻(葉子さん)に写真を見せたら、そこからメールを介して広まった。近所の方々から『すごい写真があったね』と言われ、博士の偉大さを再認識した」と話す。
「雑草という草はない」の名言で知られ、「日本植物学の父」と呼ばれる牧野は、全国各地で植物採集に没頭した。
牧野の日記などに基づく「牧野富太郎植物採集行動録」や、植物に詳しい「フロラ山形」会長の土門尚三さん(68)=同町小松=によると、鳥海山には1930(昭和5)年8月6日、同町の蕨岡口から入山し湯ノ台鉱泉に宿泊。7日は河原宿で野営した。8日に山頂を踏んで御浜に下り、御浜小屋に泊まって翌日、鳥海湖ほとりで十数人ごとのグループで記念撮影に臨んだ後に解散したという。
荘内博物学会(当時)が講師に招いたとみられる植物採集会の一行は総勢約100人の大所帯。土門さんは「当時から有名だった牧野博士の人気ぶりが知られる」とし、「季節は多くの高山植物が花を咲かせているころ。博士も白い花弁が愛らしい『ヒナザクラ』などを見て楽しんだのでは」と思いをはせた。
太田さん宅に残る写真の撮影場所は、火口湖の「鳥海湖」ほとりと、現在の湯ノ台口ルートの7合目「河原宿」。牧野はどちらも白い帽子、蝶(ちょう)ネクタイに三つぞろいのスーツ姿で中央に写っている。
幹人さんは「祖父は蕨岡村(当時)の村長をしており、その関係で牧野博士の世話係の一端を担ったのかも。テレビドラマにならなければ改めてアルバムを開くこともなかった。何かの縁を感じる」と感慨深げに話した。
2023年(令和5年) 9月21日(木)付紙面より
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酒田市の酒田光陵高校(藤田雅彦校長)のITサイエンス部(庄司隆生(りゅうせい)部長、部員20人)による「バーチャル水族館」が16、17の両日、遊佐町子どもセンター「わくわく未来館」で行われ、来館した子どもたち自らが描いた魚介類がセンター内壁面を泳ぎ回り、大きな歓声を上げた。
「バーチャル水族館」はスキャナーで取り込んだ絵画をパソコンで編集し、プロジェクターで壁などに投影するもの。同校が同センターと共に2016年から実施している。
今回は庄司部長(17)=情報科2年=ら1、2年生部員が日頃の研さんの成果を披露。スクリーンとなった縦約3メートル、横約10メートルの壁面に来館した幼児・児童が色塗りした魚やイカ、カメなどが映し出され、自在に泳ぎ回ると「クジラが出てきた」「私のタコさんだ」などと歓声を上げ、その姿を追い掛けていた。
庄司部長は「自分たちで築いた技術で子どもたちから喜んでもらい、とてもうれしい。やって良かったと思う」と。同部顧問の湯澤一教諭は「松陵学区コミセンなどでも実施する予定。生徒のスケジュール次第だが、依頼があれば、さまざまな箇所で開催したい」と話している。開催に関する問い合わせは同校=電0234(28)8833=の湯澤教諭へ。