2023年(令和5年) 9月24日(日)付紙面より
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出奔した石川数正の本当の気持ちを知り、口々に雑言を吐きながらも彼を思う家康や家臣団の大号泣は、観る者に深い感動を与えた。忠次を演じる大森南朋さんも「数正への思いなのか、役を演じている松重豊さんへの思いなのか分からなくなった」と、撮影当時を振り返っていた。役者と役柄がオーバーラップした瞬間だったのではなかったか。
逆に、視聴者が俳優と役柄の人物を重ねるということもあり得る。
庄内には家康の嫡男・信康を祭る神社や鎮魂のための社がある。信康と母・築山殿の自害の原因が忠次公にあるという説があり、「大森さんが来て、手を合わせてくれたら」という声もあったという。それだけ大森さんの演技が真に迫っており、忠次公と重なって見えたからに違いない。
そのように思えるぐらい視聴者をドラマの世界に没入させるために、役者はどのような努力をしているのだろうか。大森さんは「実在した人物を演じる時、史実を調べ上げ、何に寄せていくのかを考える。重箱の隅をつつくくようにして固めたものを吐き出し、大きな声で話すうちに自分でも気づかなかった人物像が形成されることがある」と言う。さらに、ドラマは自分一人でつくるものではないので、リハーサルの時などに他の出演者とのバランスを考えて、変えることもあるのだとも。「脚本の古沢(こさわ)(良太)さんにお願いしてせりふを変えてもらったこともあった」という。それは壮大な作業であり、それを経てドラマが視聴者に届けられることに感謝したい。
また、役者同士のせりふや気持ちのすり合わせなどを行うのは、リハーサルの時だけではなかったことが松本潤さんのVTRで明かされた。「場面をどう構築していこうかと悩んでいた時に大森さんがうちに来てホン(台本)読みしてくださったんです。二人で“コソ練”してました」と、気配りの人・忠次を地でいく大森さんのフォローぶりが語られた。さらに、せりふの解釈などについてもいろいろなパターンを挙げて教えてもらったとお礼を述べた。
大森さんは「松本君はセリフも膨大なので、覚える時に誰か相手がいるほうがセリフを入れやすくなる。自分もそうだったので、何かあったらいつでも相談に乗るよと話していた」と最初から力になることを決めていたという。
“コソ練”とは少人数でこっそり練習することで、二人でした時もあれば、何人かでしたことも。「で、ある時ムロ君が…秀吉が来ちゃったんですよ」と大森さん。いや、それはマズいでしょう! 策略が漏れていないことを願うばかりだ。
コソ練がせりふ合わせの場だけでなく、役者同士のディスカッションの場にもなっていた。コロナが明けてからは、みんなで食事にも出かけ、「役者とか芸人とか、年齢とか、垣根を取っ払って楽しく過ごした」と、あらためて殿と家臣団の絆の深さをアピールした。
1時間弱のトークショーはあっという間に過ぎていった。しかし何かが足りない。聞き逃していることがあるのでは…。(編集局・難波恵美)