2011年(平成23年) 9月16日(金)付紙面より
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鶴岡市立朝暘第三小学校(渡會晃校長、児童683人)と姉妹校の盟約を結ぶ東京都江戸川区立鹿本小学校(松木恭子校長、児童281人)の6年生児童が14日から6泊7日の日程で鶴岡市を訪れ、朝三小児童と交流を深めている。
両校の交流は、戦時中の1944年に鹿本小児童約100人が鶴岡市に学童疎開し、約1年間にわたり朝三小の児童とともに学校生活を送ったことがきっかけで、82年1月に姉妹校の盟約を結んだ。91年からは鹿本小の6年生が体験学習する「セカンドスクール」として5年に1回、鶴岡市を訪れ、朝三小と交流している。
今回は鹿本小6年児童41人と松木校長ら引率者合わせて50人が14日に来鶴。15日は、朝三小体育館で歓迎式が行われ、同校全校児童が参加。朝三小児童を代表して山口百合花さん(6年)が「海、山、川がある自然が豊かな鶴岡を満喫してくれたらうれしいです。私たちの交流は2日間と短いですが、仲良くなりましょう」と歓迎のあいさつ。これを受け、鹿本小6年の和田真尋さんが「鶴岡の良いところをたくさん知りたい。朝暘三小の皆さんと仲良しになりたいと思うのでこれから2日間よろしくお願いします」とあいさつした。続いて、鹿本小児童が金管バンド演奏で「オペラ座の怪人」「鉄腕アトム」「ロッキー」の3曲を披露。朝三小児童はお返しに校歌を合唱した。
その後、鹿本小の児童たちは朝三小6年117人と一緒に「城下町探検」。20グループに分かれ、荘内神社や大宝館、致道館、鶴岡アートフォーラムなどを巡り、鶴岡の歴史や文化に触れた。
鹿本小の児童たちは県金峰少年自然の家に宿泊し、16日は鶴岡市の毛呂農場で朝三小児童と野菜の収穫体験やもちつき、芋煮会を行い交流する。17日以降は金峰山登山や野外炊飯、自然の素材を材料につくるクラフト制作、遊佐町の海浜自然の家でいかだづくり体験などを行い、20日に帰京する。
2011年(平成23年) 9月16日(金)付紙面より
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酒田市刈屋地区で、特産「刈屋梨」のうち主力品種「幸水」の収穫作業が最盛期を迎え、「パチン」という小気味よいはさみの音が畑に響き渡っている。
刈屋地区では明治時代初期にナシ栽培がスタート。土壌が適していたことや、地元農家の努力によって「刈屋梨」のブランド名が定着している。
奥山安雄さん(63)=酒田市刈屋=方のナシ畑では15日午前、家族総出で収穫作業。赤みがかったものを選び、一つ一つ丁寧にもぎ取っていた。奥山さんは「収穫は今月5日に始まった。春先の天候不順の影響で10日ほど遅れ気味だが、今年もおいしいナシができた」と、額に汗しながら話していた。
奥山さんによると、幸水の収穫は25日ごろまで。その後、「豊水」「あきづき」「南水」と続き作業は10月下旬まで続くという。
2011年(平成23年) 9月16日(金)付紙面より
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シュヴァルツヴァルトに眠る―ドイツで見た森の墓地― 平 智
昨秋も「森の旅」でドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)を歩いてきました。10月初旬のことです。ここ数年ドイツも温暖化傾向で、10月だというのにそれほど寒くはありませんでした。黄葉(このあたりの森の落葉樹はブナやナラが多く、赤く紅葉する木は少ないのです)も見ごろで、毎回快適な森歩きを楽しんでいます。
鶴岡のみなさんをはじめツアーの一行は16人。フライブルク大学でドイツの森林の歴史を教えていたブランドル先生ご夫妻の案内で森を歩きました。「森の旅」はもう5回目になりますが、毎年違うコースを案内してくださいます。今回もトウヒとモミの森を抜けたあと、広々とした牧草地を縦横にめぐるコースなどを紹介していただきました。
なかでもとりわけ印象に残ったのは森の中にある墓地でした。黒い森の西の玄関口に位置する20万人都市フライブルクから南東へ十数キロくらい。黒い森の中にあるオーバーリード村ストーレンバッハ。小さなスキー場の近くにその墓地はありました。
墓地の名前は「ルーエベルク」。日本語に訳すと「休息の山」。村営だそうです。山の中の墓地なんて珍しくもない、と思われるかもしれませんね。でも、ここは山に植えられている木そのものが墓標になっているのです。
400メートル四方くらいの森にある約700本の木々たちで墓地は形成されています。樹種は、モミ、ブナ、カエデ、ヨーロッパカエデ、ナラ、イチイ、そして、セイヨウヒイラギの7種類で、各人が好きな木を選べるようになっています。
1本の木は1個人から12人までの墓標にすることができ、根元に実際にお骨(の一部)を埋めるのだそうです。家族や親族、仲のよかった人たちが1本の木をお墓として共有することもできるわけです。
木の幹にはほとんど目立ちませんが小さなプレートが打ち付けられています。故人の名前、この世に生を受けた日と天に召された日の日付、さらに、その人が好きだった言葉などが刻まれているプレートもありました。
案内パンフレットには、この墓地の木々は自然のままに任せて特別な手入れをしないことや木々に過剰な装飾などを施してはいけないことなどがルールとして書かれています。墓参に訪れた人たちは静寂の森にたたずみながら故人を偲ぶ時間を過ごすのです。
墓地の中に車を乗り入れることは原則として禁止されています。森の中の小道にはそれぞれに名前がつけられ、ところどころにベンチがあって、訪れた人たちがゆったりと回想のときを過ごすことができるように工夫されています。
「私たちは森をこんなふうに利用することもできるのです。これも人と森のつきあい方の一つでしょう」。厳粛な雰囲気を感じる森の中で、ブランドル先生が静かに説明してくれました。
(山形大学農学部教授、専門は園芸学および人間・植物関係学)