2012年(平成24年) 2月11日(土)付紙面より
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慶應義塾大先端生命科学研究所(冨田勝所長)の大学院生・村上慎之介さん(23)と金井昭夫教授らの研究グループが、世界でも数例しか発見例のない希少な微生物を湯野浜温泉の源泉から発見した。弱アルカリ性の環境での発見は世界初という。発見された微生物は人体への影響はなく、生命誕生を知る手掛かりになる可能性が期待されている。
発見されたのは、酸性や高温などの環境を好む古細菌の一つで、ARMAN(アーマン)と呼ばれる微生物。ウイルスを除いて世界最小の生物の一つといわれ、生命誕生の謎を解く手掛かりとして重要な生物とされている。既に米カリフォルニアの鉱山とフィンランドの沼地で発見されているが、いずれも強酸性―酸性の環境下での確認だった。
村上さんらは同研究所のOBで米航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所の藤島皓介さんと共同で2009年2月から研究を開始。湯野浜温泉の地下源泉からサンプルを採取した。湯野浜を選んだ理由として村上さんは「世界的にみて温泉が海のそばにある場所は珍しいので、山中の温泉とは異なる微生物が発見されると推測した。湯野浜温泉は、地下約250―1000メートルから源泉をくみ上げているので、地上から隔離されている環境のサンプルが手に入ると思った」と話す。
採取した源泉は最先端技術の「メタゲノム解析」で分析。同解析法はサンプルから培養を介さず、遺伝子の塩基配列を直接コンピューター上で読み取り、どういった微生物が存在しているか調べる手法。従来は微生物を培養し、その色や薬品に対する反応を調べ、どういった微生物がサンプル内に存在するか判断していた。しかし、培養するための環境(高温、無酸素など)が再現できず、ほとんどの微生物は培養、分析ができなかった。
解析の結果、新種の微生物が27種発見され、その中の1種がARMANに属する微生物と判明した。これまでARMANは酸性の環境でしか生存できないとされていたが、今回の発表により、世界で初めて弱アルカリ性の環境で存在することを明らかにした。残りの26種は海由来の微生物が多かったという。この研究は米微生物専門誌「Applied and Environmental Microbiology」のウェブ版で先月31日に発表され、世界中から注目を浴びている。
村上さんを指導する金井教授は「今回発見された微生物は人にまったく影響はない。研究によってARMANが弱アルカリ性の環境でも生存していることが分かり、生命の多様性を感じさせる。また、地球に生命が誕生したときと同じと思われる高温などの環境に生息していることから、生物の起源を探る手掛かりになると思う。湯野浜温泉は非常に良い温泉なので、人の身体も科学のロマンも温められる」と話した。
村上さんは「自分が住んでいる地域から世界的な発見ができてとてもうれしい」と話し、「メタゲノム解析により、これまで塩基配列が分からなかった微生物を調べられるようになった。微生物は抗生物質の生成などに利用されており、新種の微生物の塩基配列が明らかになれば、私たちの生活がより便利になる可能性がある」と語った。