2012年(平成24年) 7月14日(土)付紙面より
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野生動物との距離感 ―シュヴァルツヴァルトに見る野生鹿と人との関係― 平 智
昨秋も「森の旅」でドイツに行き、シュヴァルツヴァルト(黒い森)の森歩きを楽しんできました。今日は、そのときに感じた野生動物と人との距離感をテーマに、ドイツ人の動物観について少し考えてみたいと思います。
今回歩いたのはシュヴァルツヴァルトの南東部にあるシュルッフゼー(「ゼー」は「湖」という意味のドイツ語)の南岸に広がる森、ウンタークルーメンヴァルト。
シュルッフゼーは、シュヴァルツヴァルト屈指の人気リゾート地の一つで、とくに夏場はウインドサーフィンやスキューバダイビングなどのアウトドアスポーツの拠点になっています。シュヴァルツヴァルトの最高峰であるフェルトベルク(標高1493メートル)からも近くて、湖の周辺の森にはいくつものハイキングコースが整備されています。
シュヴァルツヴァルトには、近年落葉広葉樹が増えてきていますが、森を構成する主な樹種は依然として針葉樹のトウヒとモミです。このうち、とくにモミは鹿の大好物です。
シュヴァルツヴァルトにはノロシカをはじめたくさんの野生鹿がいるので、新しく植えた苗木や天然更新によって生えそろった稚樹たちは、たちまち食べられてしまいます。そのため、苗木を植えた場所を柵で囲んだり、一本ずつ金網を巻いたり、プラスチックのケースを取り付けたりして鹿の食害から守らなければなりません。苗木に鹿のいやがる薬剤(最近は天然物由来のものが多いそうです)を塗ることも行われています。
一方、シュヴァルツヴァルトでは狩猟も行われます。森林を育てるためには困った存在である野生鹿ですが、狩猟をする立場からすると、たくさん繁殖してもらう方がありがたいわけです。ドイツでは最近、狩猟を体験するツアーなども行われるということで、この森にも狩猟を見学するための小屋が設置されていました。
野生動物を排除したい立場と保護や増殖をむしろ望む立場。ここではそれらを両立させなければならないのです。どうすればいいでしょうか…。
写真は森の中に人工的に設置された野生鹿用のえさ場です。野生鹿たちに麦わらなどのえさを与えて、苗木への食害を軽減するのと同時に、保護して個体数を確保しようとする一石二鳥作戦です。うまくいっているのかどうかは別にしても、森の中での人の営み(木材生産と狩猟)と野生動物たちの生息の両立を目指す知恵と工夫にとても感心しました。
ドイツ人にとって森づくりと狩猟とは表裏一体になっていて、その延長線上で野生動物との共存のあり方が考えられているんですね。日本でも熊や鹿、猿などの野生動物と人との関係を問い直される出来事がしばしば起きています。シュヴァルツヴァルトで見たこの例は、私たち日本人にも野生動物との共存についてより深く考えるきっかけを与えてくれそうな気がします。
今年も10月下旬にドイツの森歩きを楽しむ9日間(シュヴァルツヴァルトの森歩きとドイツ最高峰)に出かける予定です。
(山形大学農学部教授、専門は園芸学および人間・植物関係学)