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2018年(平成30年) 5月3日(木)付け紙面より

玉簾の滝ライトアップ

 酒田市升田の「玉簾(たますだれ)の滝」で、恒例のライトアップが行われ、幻想的な雰囲気が行楽客たちを楽しませている。

 升田地区自治会(池田善幸会長)が2000年の夏から地域の魅力を発信しようと始め、近年は5月の大型連休期間、凍って氷瀑となる1月末ごろと、年3回実施。今回は4月28日から5月6日までの9日間、毎日午後6時半から10時まで大型の白熱灯5基を点灯。

 1日夕は、若いカップルや家族連れが次々に訪れ、落差63メートルの滝を見学。周囲の新緑やコケに反射してやや緑がかった白い幕が、たなびきながらゆっくりと落ちてくる様子に、「すごーい」などの声が漏れた。

 駐車場の一角で住民が運営する「産直ららら」は点灯期間中、午後9時ごろまで営業し、玉こんにゃくや山菜(ウド、シドケ、コゴミなど)を販売する。

幻想的な雰囲気が行楽客を魅了している玉簾の滝のライトアップ=1日午後7時すぎ
幻想的な雰囲気が行楽客を魅了している玉簾の滝のライトアップ=1日午後7時すぎ


2018年(平成30年) 5月3日(木)付け紙面より

「武者行列」堂々と練り歩く

 酒田市松山地域で1日、中山神社の例大祭「松山まつり」が行われ、ともに市指定無形文化財の「武者行列」と「松山藩荻野流砲術」の演武が見物客を魅了した。

 同神社は、江戸前期の正保4(1647)年に酒井忠恒公が初代藩主となって庄内松山藩を立藩した翌慶安元年に創建された。その後、同家は庄内藩祖・酒井忠次公と、徳川家康の嫡男・信康公を祭るために社殿を造営。武者行列は宝暦7(1757)年ごろから、祭典の神輿(みこし)が市中を巡る際、警護したのが始まりとみられている。旧松山町が1986年、無形民俗文化財に指定している。

 今年は、東部中の生徒63人と氏子ら約110人が参加。午後1時ごろに同神社を出発し、太鼓の音に合わせ、鉄砲組や弓組、足軽組、侍大将ら甲冑(かっちゅう)武者が、松山歴史公園や仲町など松山地域の中心部約4キロを約3時間かけて練り歩いた。歴史公園内の松山城大手門(県指定文化財)を通る際は特に絵になるとして、大勢の見物客が詰め掛け写真を撮っていた。

 一方、荻野流砲術は江戸前期の寛文元(1661)年、明石藩の荻野六兵衛安重が創始した流儀で、形や隊列が厳しく、実戦向きとされる。庄内松山藩の藩士だった山本丈右衛門が文化5(1808)年に免許皆伝を受け地元に広めた。明治以降は中山神社例大祭の武者行列で演武していたが、戦後は火薬使用の規制強化で中断。松山藩荻野流砲術伝承保存会が1998年、同藩350年祭に合わせて復活させた。旧松山町が2003年に無形文化財に指定している。

 この日の演武は午前11時から、松山歴史公園の芝生広場で行われた。保存会の小田和夫会長の「構え、放て」の号令の下、隊員8人が「立放ち」「腰放ち」などを次々に披露。ごう音と火花とともに白煙が立ち上り、大勢の見物客が「すごい」と歓声を上げていた。

甲冑武者が勇壮に練り歩き、時代絵巻を繰り広げた武者行列=1日午後1時半ごろ、松山城大手門前
甲冑武者が勇壮に練り歩き、時代絵巻を繰り広げた武者行列=1日午後1時半ごろ、松山城大手門前

ごう音とともに演武を披露した荻野流砲術隊=1日午前11時すぎ、松山歴史公園
ごう音とともに演武を披露した荻野流砲術隊=1日午前11時すぎ、松山歴史公園



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