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荘内日報ニュース


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2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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2024年問題踏まえた酒田港の物流 コンテナ輸送の集荷 輸出入考察

 酒田港ポートセミナーが4日、鶴岡市のグランドエル・サンで開かれた。働き方改革によるトラック運転手の労働時間の基準改正で、物流業界の人手不足や運送コストの増加が懸念される「2024年問題」を踏まえ、参加者が物流の現状や課題、酒田港を利用したコンテナ輸送などについて理解を深めた。同港を活用して輸出入を行っている地元企業の代表は「酒田港の利用を増やすことでコンテナ便の増便を図り、利便性と港湾機能拡充を実現させたい」と強調した。

 24年問題を解説した国土交通省山形運輸支局の田島宏保首席運輸企画専門官は、トラック以外の輸送手段も活用する「モーダルシフト」を対策として挙げ、「例えば酒田港に荷物を集めて目的地まで運ぶようになれば、その分はトラックが走らなくて済む」などと述べた。

 セイノーロジックス(横浜市)の担当者は、今月から酒田港で取り扱いを始めるコンテナの小口混載輸送を紹介。24年問題ではトラック運転手1人当たりの輸送距離が短くなり、国内輸送距離を減らすためには生産拠点のある地元の酒田港から船積みすることでドライバー不足などにも対応できると説明した。

 地元企業からは海外に生産拠点を持つコイル製造のウエノ(鶴岡市)の上野隆一社長、香港を中心に米の輸出を手掛けるまいすたぁ(三川町)の齋藤一志社長が酒田港を利用した輸出入について事例発表。製品輸入で今年から同港を利用している上野社長は「東京、大阪港の利用と比べ、陸送費用が安くなった。24年問題もあり、可能な限り酒田港を使いたい」、齋藤社長は「米の生産で生き残るためには輸出しか希望がない。酒田港を起点に秋田や新潟の米も集荷し、輸出を拡大したい」とそれぞれ述べた。

 セミナーは県などでつくる“プロスパーポートさかた”ポートセールス協議会が主催、鶴岡、酒田両商工会議所、県港湾協会が共催し、約140人が参加。冒頭で上野雅史鶴岡商議所会頭があいさつした。5日には山形市内で開催。

24年問題など物流の課題を踏まえて開催された酒田港ポートセミナー=鶴岡市のグランドエル・サン
24年問題など物流の課題を踏まえて開催された酒田港ポートセミナー=鶴岡市のグランドエル・サン


2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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へそ曲がりの戯言35 アメリカの憂鬱

 11月23日には欧米の人たちは「サンクス・ギビング(感謝祭)」を祝います。私たち夫婦はアメリカ人の知人のホームパーティーに招かれ、大きな七面鳥などをご馳走になり楽しいひとときを過ごしました。その時話題になった鬱陶(うっとう)しい話題が気になったので、今回取り上げました。

 ホストはアメリカ人の夫とタイ人の妻、参加したのはアメリカ人の夫とメキシコ人の妻のカップルと日本人の夫婦2組などです。外国人のカップルは、いずれも日本語を勉強するために来日してお互い知り合ったという縁の持ち主で、日本が好きで日本に住み着きました。

 メキシコの女性は日本が安全なのが嬉しいと言っていました。来日して、夜でも女性ひとりで外を歩けるのにビックリしたとか。でもこう加えます。「私たちの子供達は日本で生まれて育ったから、『安全』に対する感覚が日本人と同じで、他の国に出掛けた時こんな感覚でいたら思いがけない危険に巻き込まれる恐れがあり、それが一番気がかりです」。そうかもしれないなと考えさせられました。

 やがて、日本は安全だけれど、ニューヨークではという話になりました。ニューヨークのコンビニやドラッグストアでは万引が横行しているので、商品は全て鍵のかかったガラスのケースに入っており、消費者は自分で気軽に手にしてチェック出来ないそうです。品物について詳しく知りたいとか買いたいと思えば店員さんを呼ぶ必要があります。

 ニューヨーク市警によると2021年、22年と犯罪が増えており、特に窃盗事件は22年は6万7000件で実に1万3000件と25%も増えています。アメリカ全体では横ばいで、ニューヨークの治安の悪化が際立っています。

 この背景には貧富の格差が広がっていることがありそうです。物価の高いニューヨークではラーメンが65ドル、1ドル=150円で1万円もしますから、所得の低い人たちの生活を圧迫しているのは間違いないでしょう。労働争議・ストライキも増えており、アメリカ労働省の調べでは、労働組合によるストライキで働かない「労働損失日数」が8月には410万日と、2000年以来23年ぶりの高い水準になっています。

 アメリカの犯罪のピークは1980年代でした。私が初めてアメリカを訪れたのは1984年で、殺人・強盗が横行しておりニューヨークでは地下鉄に乗ってはいけないと注意されました。ある晩、五番街から小路を入ったところ、フェンスで囲まれた工事現場から男女の異様なうめき声が聞こえます。何事かと思って隙間から見たら若い男女がセックスしていました。こんな調子で本当にすさんでいました。犯罪のピークは1990年初頭で、その後は落ちついていたのに、それが突然増え始めたのですから、再び社会が混乱してきたのではないかと穏やかではいられません。

 パーティーでは、次に「大麻」が話題に上りました。アメリカでは州ごとに大麻が合法化され始め、ニューヨーク州でも21年春から娯楽用に大麻を使ったり持つことが認められるようになりました。ニューヨークに住んでいるアメリカ人は「町中異様な匂いがしている」とこぼしていました。大学のキャンパスでも、マリファナの匂いが立ちこめているそうです。

 アメリカでは2000年頃からオキシコンチンという麻薬成分の入ったオピオイド系の鎮痛剤を服用した結果、副作用で年間数万人の死者が出る事件がありました。鎮痛剤自体は医療行為に使われるものですが、気持ちが良くなる作用もあるために、次第に大量に摂取したり常習的に使い、さらに本物の麻薬に手を出す人も増えて大きな社会問題になっています。ちなみに、2021年には薬物中毒による死者は初めて10万人を超えました。

 ニューヨーク州知事は大麻を合法化すれば税収の増加が見込めるとコメントしていますが、これだけの事件を経験しながら、何故大麻が合法となるのか私は理解出来ません。防波堤がなくなったら薬物の乱用は歯止めがなくなります。実際、ニューヨークでは、フェンタニルという、医療現場で使われるモルヒネの50倍から100倍の効力を持つ強力な鎮痛剤が闇市場で違法に売り買いされ、死者も出ていると言います。

 私が中学生の時、「目薬」を口にすると幻覚症状が起き「ラリって気持ちが良い」という不良青年がいて、先生からくれぐれもそんなことをしないよう注意を受けました。どの時代でも薬物に対する好奇心は抑えられないのかもしれません。日本でも大麻成分の入ったグミを食べた人が中毒になる出来事が起きています。アメリカの話を聞きながら、薬物に対しては相当の覚悟で抑え込みにかかる必要があると痛感しました。

 経済的な繁栄を謳歌しているアメリカですが、「万引」と「大麻」のエピソードを聞きながら、アメリカ社会は根っこのところから少しずつ歯車が狂い始めているのではないかと、私は憂鬱(ゆううつ)になりました。日本が同じような道を辿らないことを願うばかりです。

山田 伸二(東北公益文科大学客員教授、元NHK解説委員)


2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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太平洋戦争開戦の日に思うこと

 「Z世代」という言葉を耳にする。1990年代後半から2012年頃に生まれた年齢層を指すという。ちょうど思春期から青年期真っ盛りの年代に当たるが、80年前、20歳前後の前途有為な学生が「学徒出陣」で戦地に送り出された。戦争は資源の最大の無駄遣いと言われるが、人の命までも軽視した。

 1941年12月8日、日本はハワイ・真珠湾を奇襲して太平洋戦争を始め、そして敗戦。今、戦争があったことを知らないZ世代も増えている。終戦から何年を経ても「戦争を思いとどまる方法はなかったのか」と思う。戦争で日本は民間人も含めて約310万人、東南アジア諸国では2000万人余が犠牲になった。そして世界各地では今も「絶対悪」の戦争が起きている。

 43年10月、明治神宮外苑競技場で行われた「出陣学徒壮行会」の様子は、今も新聞やテレビで報道されることがある。招集された約2万5000人の学徒は学生服、学生帽、ゲートルを巻き、雨でぬかるんだグラウンドを行進。スタンドは6万人余という後輩、女子学生、家族らが埋め尽くした。ラジオは実況中継し、出陣する者と送る者が一体となって感動に包まれたなどと報じられた。戦時下の雰囲気がそうさせたが、しかし悲壮感が漂っていた。

 軍部は兵力不足を補うため、徴兵が免除されていた学生を駆り出した。戦局は既に敗戦が濃厚。学生の代表はあいさつで「生きて帰るつもりはない」との言葉を残して、戦地に散った。人の命をただ「物」同然としてしか見なかった軍部は、正常な判断力を失っていたのだろう。

 敗戦から日本は「平和」を得、戦争しないことを絶対条件としてきた。しかし世界ではロシアのウクライナ侵略、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区の戦争で民間人も犠牲になっている。領土問題を巡って一触即発の国や地域もある。ウクライナ戦争では、2年足らずで双方合わせて30万人近い死者が出ている。そこにあるのは人命の軽視以外の何物でもない。

 敗戦が迫っているのに、軍部は偽の情報を発表して国民の戦意を鼓舞し、異を唱える者は非国民扱いされた。ロシアでは戦場に送られた兵士の母親らが、家族を帰せとの抗議行動を起こしているが、行動は「点」にとどまって「面」へと広がらない。独裁政権の締め付けがそうさせている。

 国会では憲法改正が焦点の一つ。一度改正されれば戦争を放棄し、戦力は保持しない平和憲法まで手が付けられるのではないかと野党は危惧する。自衛隊は軍隊ではないが世界屈指の軍備を持つ。自衛のための戦力は要るが、平和外交によって紛争が起きない世界を目指す努力を積む。その実現が先の大戦で「国のため」と戦って亡くなった戦死者に報いることではないだろうか。

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2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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何でもない日常は尊い 水口さんシベリア抑留体験語る 鶴岡

 国際理解講座「フレンドシップサロン」が2日、鶴岡市の出羽庄内国際村で開かれた。大戦後のシベリア抑留を経験した水口藤一さん(99)=鶴岡市=の講話を通じ、平和への思いを共有した。

 水口さんは西郷村(現・鶴岡市)出身。20歳頃に通信兵として陸軍に入隊、赴任先の満州で敗戦を知らせる玉音放送を聞いた。終戦後すぐの帰国を許されず、中央アジアや極東ロシアで計4年間の抑留生活を強いられた。講話で水口さんは、当時の過酷な労働環境について「極寒の中わずかな食料しか与えられず、道端に生えている草で命をつないだ。マラリアに感染し、もう生きて帰れないなと覚悟したこともあった」と回想。現地を再訪し、日本人墓地で手を合わせた時のことも振り返り、「多くの人が家族との再会かなわず亡くなっていった。何でもない日常を送れるというのはとても尊いこと」と熱く語った。

 この日は市内外から約50人が参加。平和の尊さと戦争のない世界への願いを今一度強めた。

 フレンドシップサロンは、海外で活躍する人などをゲストに招いた交流会。異文化理解を深めようと、出羽庄内国際村が年に数回定期的に開いている。

シベリア抑留の体験談を話す水口さん
シベリア抑留の体験談を話す水口さん

当時の経験を振り返る水口さん(右)。参加者と平和への思いを共有した
当時の経験を振り返る水口さん(右)。参加者と平和への思いを共有した


2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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製作の思いや現場でのエピソード まちキネ上映中「オレンジ・ランプ」 三原監督トークショー

 30代で若年性認知症と診断された男性の実話をもとにした映画『オレンジ・ランプ』を上映中の鶴岡まちなかキネマで3日、監督の三原光尋さんのトークショーが行われ、監督が製作の思いや現場でのエピソードなどを語った。

 映画は、カーディーラーのトップ営業マンだった主人公が、顧客の名前を忘れるなどの異変があり、医師から「若年性アルツハイマー型認知症」と診断され、驚き、戸惑う。心配する妻と出掛けた集会で意識が変わり、前に進んでいく、優しさに満ちた希望と再生の物語。タイトルは、認知症のシンボルカラーのオレンジと、世界を明るくともすランプを組み合わせ、認知症になっても暮らしやすい社会づくりの象徴となる願いが込められている。

 トークショーは作品の上映後に行われ、冒頭、映画のモデルになった宮城県在住の丹野智文さんがビデオメッセージで登場。「認知症になると施設に入るとか亡くなるイメージがあるが、私は発症して10年たっても元気なので、心配しないでほしい。エンドロールで何人もの認知症当事者の顔が映し出されるが、10年前は公表することは考えられなかった」と語った。

 三原監督は「製作時期がコロナの時期だったため、いつ撮影がストップしてしまうか心配だった。当事者へ“やってあげる”というのではなく、困ったときに助けてあげる気持ちを発信したかった。作品は家族のラブストーリー。認知症に関わっている人、関心がある人に観てもらい、この映画が力になってほしい」と話した。

 さらに以前、鶴岡市立荘内病院に勤務し、現在は静岡県の病院で認知症看護認定看護師として働く富樫千代美さんが「医療従事者としての認知症告知は分かるが、この映画を見て、告知された家族の気持ちも理解したいと思った」、つるおかおれんじサポートの会副代表の五十嵐利恵さんが「おまえはおまえのままでいい、という仲間の励ましが印象に残った」と感想を語っていた。

 三原監督が手掛けたもう一つの映画『高野豆腐店の春』とともに、映画は15日(金)まで、まちキネで上映している。

トークショーで登壇した左から富樫さん、三原監督、五十嵐さん
トークショーで登壇した左から富樫さん、三原監督、五十嵐さん


2023年(令和5年) 12月6日(水)付紙面より

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ネーミングライツ事業導入へ プールはじめ17施設 18日“販売”開始 酒田市 来年4月から使用

 酒田市は4日、市内の公共施設や道路に企業・商品名といった愛称を付けることができる命名権(ネーミングライツ)事業を初めて導入することを発表した。対象はプールや体育館、公園など17施設とともに、市道・橋梁(きょうりょう)。18日(月)から「販売」を開始、ネーミングライツパートナーとして契約がまとまった場合、来年4月1日から愛称を使用できる。

 4日に開かれた定例会見で矢口明子市長が発表した。 「販売」されるのは、日本水泳連盟公認の屋内温水プール、50メートルの屋外プールを備える光ケ丘プール、大規模改修工事が進む国体記念体育館、日本陸上競技連盟第3種公認競技場で夜間照明を完備する光ケ丘陸上競技場、八森自然公園内にある全2コースの八森パークゴルフ場など15のスポーツ施設と、光ケ丘・飯森山両公園。

 また、市が管理する道路や橋梁に関しても希望者から愛称や区間、料金など自由に提案してもらい販売する。市内外を問わず企業や個人事業主、団体を対象に来年1月17日(水)まで募集し、市幹部職員で構成する選定委員会が審査。いずれも契約期間は原則3年以上で、命名権料はそれぞれの施設の維持管理費に充当する。問い合わせは市総務課=電0234(26)5709=へ。

 対象施設と年間の最低応募金額は次の通り。

 ◇公共施設A(最低応募金額200万円)=光ケ丘プール

 ◇同B(同150万円)=国体記念体育館

 ◇同C(同100万円)=光ケ丘テニスコート、光ケ丘陸上競技場、光ケ丘球技場、国体記念テニスコート、勤労者体育センター、武道館、八森パークゴルフ場

 ◇同D(同50万円)=光ケ丘多目的グラウンド、飯森山多目的グラウンド、南遊佐グラウンドゴルフ場、八森グラウンドゴルフ場、八森テニスコート、眺海の森グラウンド

 ◇公園(同100万円)=光ケ丘公園、飯森山公園

 ◇道路・橋梁(最低応募金額の設定なし)=市認定の道路(市道)、市道上の橋梁

酒田市が18日から募集を開始するネーミングライツ事業のパンフレット
酒田市が18日から募集を開始するネーミングライツ事業のパンフレット



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