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荘内日報ニュース


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2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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校歌に涙 母校の思い出語り合う 鶴岡南高・鶴翔同窓会が閉会式典

 鶴岡市の鶴岡南高校(遠田達浩校長)が今年4月に鶴岡北高校と統合し、庄内初の中高一貫校「致道館中学・高校」が開校することに伴い、同3月末に解散する鶴翔同窓会(齋藤正志会長)の閉会式典が11日、同市のグランドエル・サンで開かれた。

 同窓会役員や県内外の同窓会関係者、OB、OGなど約130人が出席。初めに齋藤会長が「本当に寂しい日を迎えた。解散は3月31日だが今日だけは鶴岡南高の思い出を語り合い、懐かしい校歌を歌って母校への思いを分かち合いたい。135年の歴史と伝統に別れを告げ、4月に開校する致道館中学・高校が鶴岡南高に負けず劣らずの学校になることを期待する」とあいさつした。

 遠田校長のあいさつ、来賓祝辞に続き、同校音楽部が「荘内中学校之歌」や「鶴岡中学校校歌」など歴代校歌を披露。さらに現校歌を高々に歌い上げると、目を潤ませる出席者の姿が見られた。式典の最後に齋藤会長が「鶴翔同窓会は令和6年3月31日をもって解散し、全てを致道館中学・高校の新同窓会に引き継ぐ」と宣言した。

 式典後は「思い出を語る会」が開かれ、致道館中学・高校の発展を願って鏡開き。伊藤賢司仙台鶴翔同窓会長の音頭で乾杯し、母校の思い出を語り合った。

 83回(1976年)卒の福原晶子さん(66)は「何十年か振りに鶴岡へ戻り、知り合いが少なく寂しい中で同窓会に参加し、多くの同期生や先輩と一緒に活動できた。結束力や人のつながりを強く感じた」と振り返った。また、72回(65年)卒の加藤徹三さん(77)は「今年10月に最後の同期会が開かれる。懐かしい顔ぶれがそろうと思うが、同窓会解散や恩師が亡くなったことを報告しなければならず、少し気が重い」と寂し気に話した。

   ◇    ◇

 鶴岡南高校は1888(明治21)年7月、荘内私立中学校として旧西田川郡中学に設置。1901年に県立荘内中学校となり、20年に県立鶴岡中学校と改称した。その後、鶴岡第一高校、鶴岡高校と2回の改称を経て、1952年に現在の校名となった。現校舎は85(昭和60)年に完成。これまで約3万人の卒業生を送り出した。

鶴岡南高音楽部が現校歌を高らかに歌い上げると、目を潤ませる出席者の姿も見られた
鶴岡南高音楽部が現校歌を高らかに歌い上げると、目を潤ませる出席者の姿も見られた

乾杯の後、出席者たちが母校の思い出を語り合った
乾杯の後、出席者たちが母校の思い出を語り合った


2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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遊佐町長選3月19日告示 時田町長急逝 役場に記帳所 16日合同葬

 時田博機遊佐町長の死去に伴う町長選の日程について町選挙管理委員会は11日、3月19日(火)告示、同24日(日)投開票で実施することを決めた。

 池田与四也町長職務代理者(副町長)が町選管に対し、町長の死去を通知。これを受けて開催した選挙管理委員会で決定した。立候補予定者説明会は今月27日(火)午後2時から町役場で行う。同町の昨年12月1日現在の有権者数は1万1106人(男5281人、女5825人)。

 一方、同町は12日、葬儀について時田家と合同で今月16日(金)午前10時から町生涯学習センターで執り行うと発表した。受け付け開始は午前8時半から。葬儀委員長は池田副町長、喪主は故人の長男、繁優(しげかつ)氏。問い合わせなどは町総務課総務係=電0234(72)5880=へ。

 町は13日、町民の弔意を受けるため町役場に記帳所を設置した。18日(日)までの間、午前8時半―午後5時15分(17、18日は午前8時半―午後5時)に町役場町民課前(17、18日は休日受付)で受け付ける。

 2009年3月から町長を務め現在、4期目だった時田氏は10日午前9時41分、心筋症のため酒田市の日本海総合病院で死去した。


2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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春の観光シーズンがやって来る

 2月半ばというのに、3月から4月を思わせる暖かさが続いている。異常気象のせいだろうが、春は行楽の季節。庄内空港に韓国からの国際チャーター便で約170人の観光客がやって来た。酒田市の山居倉庫や鶴岡市の加茂水族館などを見て回る。今年は大型クルーズ船も寄港する。庄内の風土に触れ、それが地域の活性化につながることを期待したい。

 庄内空港の東京(羽田便)は2024年度上期も期間限定で1便増の5往復になる。コロナ禍後の需要が回復しつつあることを裏付ける。観光庁も「物見遊山」から「自然と文化が両立できる観光」に重点を置いている。その意味では人の移動に欠かせない交通網の整備も重要になってくる。

◇      ◇

 日本海沿岸東北自動車道(日沿道)の遊佐比子インターチェンジ(IC)―遊佐鳥海IC間延長6・5キロが、3月23日開通する。酒田みなと―遊佐鳥海間12キロの一部で、酒田みなと―遊佐比子間5・5キロは既に開通している。遊佐鳥海―小砂川間、小砂川―象潟間(両区間計17・9キロ)は26年度までに開通見通し。人的交流、物流、観光振興での地域経済の活性化、さらには地域救急医療体制の充実につながる。残すは新潟県境の早期開通だ。

 JR羽越本線が7月、全線開通100周年を迎える。観光庁が掲げる、自然と文化が両立できる観光という面では、出羽三山信仰、北前船文化など、他地域に優越する資源がある。温泉と抱き合わせて首都圏からの誘客をPRしたい。羽越新幹線の見通しは立っていないが、在来線でなければ味わえない「ゆっくり旅」もある。そうした旅行を前面に出すのもいいのではないか。

 一度に大勢の観光客を運んでくる大型クルーズ船。酒田港には4月から10月にかけ、外国船7回、邦船1回の寄港が予定されている。10月入港予定の「MSCベリッシマ」(17万1598総トン、マルタ船籍)は、乗客定員5568人。町や村の人口をそっくり運んでくる計算になる。庄内をPRする絶好機だ。

◇      ◇
 観光は一大産業。観光庁は25年の訪日客を過去最多の19年の3188万人の更新を目指している。クルーズ船は朝寄港し夕方に出港するが、外国人観光客にはリピーターも多い。クルーズ船観光を、地域活性化につなげる好機と捉え、庄内の食と歴史遺産にじっくり触れてもらうことで、「もう一度酒田へ、庄内へ」という印象を心に刻んでもらえるようにしたい。

 その受け入れ態勢を整えるため、酒田市は国内外の観光客の受け入れに際し、官民の「酒田交流おもてなし市民会議」を設け、地道な取り組みをしている。自然と文化が両立できる観光という点を、庄内の風土は持ち合わせている。それらが、地元の取り組みで庄内の観光の追い風となることを願いたい。

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2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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がん予防と検診の重要性 垣添さん(日本対がん協会会長 )セミナーで語る 鶴岡

 がん予防と知識の普及啓発を図る「第4回がんメタボロミクスセミナー」が10日、鶴岡市覚岸寺の市先端研究産業支援センターで開かれた。日本対がん協会の垣添忠生会長(82)が講師となり「がんとの向き合い方」と題して講演した。

 庄内地域産業振興センター主催、国立がん研究センター、慶應義塾大先端生命科学研究所からだ館など共催。市民など約160人が聴講した。

 垣添会長は大阪府出身。東京大医学部卒業後、同大附属病院で研修し都立豊島病院などでの勤務を経て、1975年から国立がんセンター病院に勤務。手術部長、副院長などを歴任し1992年に院長、2002年に総長就任。07年に同センターを退職し、名誉総長と現職に就いた。妻をがんで亡くし、自身も闘病経験を持つ。がんに関わる著書多数。

 垣添会長はがんについて「遺伝子の異常により発生し、進展する細胞の病気。発生にはたばこや食事など生活習慣や環境が関わる。発生、進展は長い時間を要するため慢性の病気と言える」と定義し、「がんにならないための1次予防は、たばこを吸わない、バランスの取れた食事、塩辛い食事を控えめに、適度な運動などが挙げられる。また、早期発見、治療のため検診がある。『健康に自信がある』人もがんにはかかるので、『必要になったら医療機関に行く』では遅すぎる」と述べた。

 また、妻をみとった際の経験を基に「自宅での最期を希望し満足げな様子で旅立った妻と同じく、自分も死ぬ時は自宅が良い。ただし高齢単独所帯者が自宅で死ぬためにはかなり周到な準備が必要。動けなくなった時のため、自宅の玄関を遠隔操作で施錠、開錠できないか検討しており、遺品整理会社との契約も進めている」と語った。

がん予防や検診の重要性について語る日本対がん協会の垣添会長
がん予防や検診の重要性について語る日本対がん協会の垣添会長


2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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“ジビエの魔術師”料理堪能 創意にあふれ手の込んだ数々 カモンマーレ 庄内食文化取り入れ有馬シェフ腕振るう

 野生鳥獣肉の料理を得意とし“ジビエの魔術師”と称される有馬邦明シェフ(52)=東京都在住=による、ジビエ料理と寒鱈(かんだら)汁を味わうイベントが10、11の両日、鶴岡市加茂の「渚の交番カモンマーレ」内にあるイタリアンレストラン「ピッコロ・パッソ」で開かれた。参加者が、珍しい食材を使い創意にあふれ、手の込んだ数々の“有馬マジック”の料理を堪能した。

 同レストランは有馬シェフ監修で昨年6月にオープン。ジビエ料理を打ち出したイベントは初めて企画され、内陸地方を含め2日間で約90人が参加した。

 ジビエ料理では、沖縄・石垣島で野生化し害鳥として駆除されたクジャクをはじめ、ヒグマやツキノワグマ、イノシシ、アナグマ、エゾシカ、マガモなど10種の野生鳥獣を使い、前菜やパスタなどで提供。ベニズワイガニやパプリカ、庄内豚など地元の食材も生かし、「あんかけ」「酒かす」といった庄内の食文化も取り入れた多彩な料理が出された。

 グループで天童市内から訪れた女性たちは「ジビエはどれも初めて口にするものばかり。全部おいしくて、その味に驚いて、シェフの説明を聞いて驚いて、料理の工夫にびっくりして、何度も喜ばせてもらいました」と話していた。寒鱈汁も大根をすりおろしてとろみを付けたり、マダラの身をソーセージにして具材にしたりと、有馬流で提供した。

 今回使用したジビエは北海道から沖縄まで全国各地から取り寄せた。有馬シェフは「来シーズンは地元のジビエも使い、カモンマーレならではのメニューを出したい」と話し、地元の海と里、山の恵みを発信する料理への思いを語った。

有馬シェフ(右から3人目)の説明を聞きながら、多彩なジビエ料理を楽しむ参加者=11日
有馬シェフ(右から3人目)の説明を聞きながら、多彩なジビエ料理を楽しむ参加者=11日


2024年(令和6年) 2月14日(水)付紙面より

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能楽ファン“役者気分” 松山城址館 能装束解説と着付け実演

 約360年の歴史を持つ酒田市の松山能(県指定無形民俗文化財)で使われる能装束の解説と着付けの実演会が10日、同市の松山城址館で開かれ、能楽ファンらが衣装をまとい役者気分を楽しんだ。

 松山能は江戸前期の寛文年間(1661―73年)、江戸勤番の松山藩士が能楽を習ったのが始まりといわれ、明治以降は松山地域の住民による「松諷社」(榎本和介会長)が継承、1980年に県の無形民俗文化財に指定された。

 実演会は、能舞台でしか見ることのできない装束について、多くの人から身近に感じてもらうとともに地域の伝統文化や能楽への理解を深めてもらおうと同市松山総合支所などが企画した。

 この日は能楽ファンや松諷社のメンバーら約30人が参加。榎本会長が「役者は一人15分くらいで着付ける。松山藩士は観世流を学んだので、唐織は首元を開く形の衣装になっている。他の能とは違う形になっていて衣装を見るだけで能の流派が分かる」などと解説しながら、松山能で使われる山伏、武将、天女などの衣装を紹介。引き続き、参加者が着付けを手伝ってもらいながら能装束を身に着けた。「武将」の装束を着た渡邊恒博さん(75)=酒田市=は「能に興味があり、今回初めて参加した。あまり重さや動きづらさはないが、引き締まった感じがする」、榎本会長は「役柄によってある程度決まっていることはあるが、装束の色柄や小道具で高貴な身分などいろいろなことを表現している。装束を見るだけでも深い味わいがある」とそれぞれ話していた。

能装束の着付けを体験する参加者
能装束の着付けを体験する参加者



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