2009年(平成21年) 3月20日(金)付紙面より
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19日に発行された英科学誌「ネイチャー」に、鶴岡市出身の名古屋大大学院理学科教授・東山哲也氏(37)の研究成果が掲載された。被子植物の花粉管(雄)が卵細胞(雌)によっておびき寄せられることを証明した論文で、140年以上も前から謎とされてきた花粉管誘引物質の存在を解明した。この研究成果によって、植物における受精の仕組みの解明が大きく進展するだけでなく、今後、人為的に受精を制御することが可能になると期待されている。
論文の題名は「花粉管ガイダンスの動的システムの解明」。研究者は7人で、代表研究者(最終著者)が東山教授。第1著者は名大理学部大学院修士1年の奥田哲弘氏。同大特任助教授・佐々木成江氏とともに「名大チーム」が、活性型誘引物質(ガイダンス分子)の抽出法・精製法の開発に大きく貢献した。
植物の複雑なめしべ組織の中で、なぜ花粉管が迷わずに卵細胞のある場所にたどり着けるのか―。この疑問については、140年以上も前から花粉管をおびき寄せる誘引物質が存在するのではないかと考えられてきた。
東山教授は1998年、今回と同じ1年草の草花で、卵の部分が母体組織から突出しているトレニアを使い、「受精」の瞬間を世界で初めて生きたまま撮影することに成功。卵の隣にある「助細胞」が誘引物質を分泌することを世界に先駆けて示した。静止画像ではなく、動く映像をとらえるためビデオカメラも開発した。こうした研究成果は2001年5月発行の米科学誌「サイエンス」に掲載された。
当時、東山教授は東京大理学部助手で第1著者。最終著者(代表研究者)はミトコンドリア(真核生物)の研究者・黒岩常祥東大教授で、このときは「東大大学院チーム」による成果と称された。
今回、東山教授らは、トレニアの助細胞だけで多く作られ細胞外に分泌される小さなタンパク質を発見。このタンパク質が強い誘引活性を示した。さらに、独自に開発したレーザーマイクロインジェクターという装置で、このタンパク質の発現を阻害すると、花粉管の誘引が抑えられたことから、このタンパク質が花粉管誘引物質であることを同定した。誘引物質は少なくとも2つあり、研究グループはこのタンパク質を、花粉管をおびき寄せる性質から釣りの擬餌針と同じ「ルアー」(ルアー1、ルアー2)と名付けた。
こうした研究成果により、さまざまな植物で誘引物質が見つかれば、これまで交配が不可能だった植物間での交配への道が開かれるなど、応用への展開が期待される。さらに、誘引物質が同定されたことで、今後、植物の受精の仕組みが、具体的な分子メカニズムとして解明されるものと期待される。
ネイチャーへの論文掲載について、東山教授は「15年前の大学院生のころに材料探しから始めた研究の一つの大きな到達点。既存の方法でなく、独自の実験技術を駆使したオリジナルな研究で、長年の懸案を決着できたことを大変うれしく思う。その成果がネイチャーに掲載されたことは、ある意味、これまで頑張ってきたことへの褒美と思っている」と話している。
東山氏は鶴岡市生まれ。鶴岡南高から東大に進み、同大大学院理学系研究科博士課程修了。2007年1月から現職。00年9月には「体外重複受精系の確立を基盤とした被子植物の受精機構の解析」で、日本植物学会奨励賞を史上最年少で受賞した。
トレニアの卵装置に誘引される花粉管の写真。右側の卵装置の中に助細胞があり、誘引物質ルアーが分泌される