2025年1月8日 水曜日

文字サイズ変更



  • プリント用表示
  • 通常画面表示

荘内日報ニュース


日付の新しい記事へページを移動する日付の古い記事へ
  • ニューストップ
  • 最新記事
  • 戻る

2010年(平成22年) 3月11日(木)付紙面より

ツイート

森の時間 26 ―山形大学農学部からみなさんへ―

カツラはなぜ桂なのか 小山 浩正

 樹の名の由来を調べるのは楽しい作業です。桜の語源には諸説ありますが、そのひとつに次のような説話があります。天皇家の祖先とされるニニギノミコトが天から降臨したとき(これも天下りの語源です)、コノハノサクヤ姫という絶世の美女に一目惚れをしました。早速、姫の父である山神に結婚の許しを請いに行くのですが、山神は気前よく姉のイワナガ姫も差し出します。ただ、この姉は残念なことに相当のブサイク。あきれたニニギは、姉の方だけは親元に返してしまいます。これを恥じた父は「妹のサクヤは一時の栄華を、姉のイワナガは永遠の命を司る神なのだ。あなたは妹だけを手元に置いて姉を帰したから、今後、あなたの子孫の命は儚いものになるだろう」と伝えます。そんなわけで、人は死なねばならない運命になったのですが、この妹のサクヤの音が転じて、サクラになったという説があります。絢爛に咲いて、あっという間に散り去るサクラにはぴったりの話です。

 前置きが長くなりましたが、私は以前カツラ(桂)の由来も調べたことがありました。実は、この樹は日本にしか分布しません。では、中国発祥の漢字で「桂」と表記される樹は元々何を意味していたのだろうと疑問に思ったのです。調べてみると、中国における桂とは月に生育するという伝説上の樹のことでした。月面に映る黒い斑点は、この桂の茂みと見なされ、その栄枯盛衰に応じて月は満ち欠けを繰り返すと言われています。でも、この樹は決して枯れないのです。そもそも月自体が多くの民族にとって不死の象徴とされる存在でした。その満ち欠けが死からの再生を想起させるのでしょう。一方、日本の子供たちは月にウサギがいると教わりますが、実は、ウサギも不老の水を地上にもたらす月の使者として世界各地に伝承が残っています。また、地中海の「月桂樹」は常緑であることから、ギリシャ神話では不老不死を得た女神の化身とされています。遙かシルクロードを挟んだ唐人がこの樹に月と桂の文字を与えたことは、彼らが異国の文物をよく承知していたことを示しています。

 同じことが日本のカツラでも起きたのではないでしょうか。カツラはとてつもなく長寿の樹で、昔の山人は不死木と呼んだそうです。まさに伝説の「桂」のイメージです。おそらく、古代の帰化人が日本の事物に漢字を当てはめる作業を委嘱された際、故郷で不死木とされる「桂」の字をカツラに当てたのではないでしょうか。そして、私はこのカツラこそ、サクヤの姉であるイワナガの化身とされていたのではないかと疑っているのです。不死とされるカツラのごとく、イワナガは永遠の命を司る姫でした。カツラの無骨なたたずまいは、はかない栄華を象徴する可憐な妹(サクラ=サクヤ)とは対局をなすものです。カツラとサクラ、語呂もいいですよね。ただ、このお姉ちゃんにも唯一の色気があって、秋に魅惑的な甘い芳香を放つのが特徴です。だから連香樹とも書くことがあります。そう、香(か)が連(つら)なる樹、カ・ツラなのです。

(山形大学農学部准教授 専門はブナ林をはじめとする生態学)

真室川町、甑山山麓にある巨大カツラのウロの中からのぞいてみました。この株はウイルソン株と呼ばれています=自然写真家・斎藤政広(2004年6月2日撮影)
真室川町、甑山山麓にある巨大カツラのウロの中からのぞいてみました。この株はウイルソン株と呼ばれています=自然写真家・斎藤政広(2004年6月2日撮影)



日付の新しい記事へページを移動する日付の古い記事へ

記事の検索

■ 発行月による検索
年  月 

※年・月を指定し移動ボタンをクリックしてください。
※2005年4月分より検索可能です。

  ■ キーワードによる検索
   

※お探しのキーワードを入力し「検索」ボタンをクリックしてください。
※複数のキーワードを指定する場合は半角スペースを空けてください。

  • ニューストップ
  • 最新記事
  • 戻る
ページの先頭へ

ニッポー広場メニュー
お口の健康そこが知りたい
気になるお口の健康について、歯科医の先生方が分かりやすく解説します
鶴岡・致道博物館 記念特別展 徳川四天王筆頭 酒井忠次
酒井家庄内入部400年を記念し、徳川家康の重臣として活躍した酒井家初代・忠次公の逸話を交え事績をたどる。
致道博物館 記念特別展 第2部 中興の祖 酒井忠徳と庄内藩校致道館
酒井家庄内入部400年を記念し、庄内藩中興の祖と称された酒井家9代・忠徳公の業績と生涯をたどる。
致道博物館 記念特別展 第3部 民衆のチカラ 三方領知替え阻止運動
江戸幕府が3大名に命じた転封令。幕命撤回に至る、庄内全域で巻き起こった阻止運動をたどる。
致道博物館 記念特別展 第4部 藩祖 酒井 忠勝
酒井家3代で初代藩主として、庄内と酒井家400年の基盤を整えた忠勝公の事績をたどる。
致道博物館 記念特別展 第5部 「酒井家の明治維新 戊辰戦争と松ケ岡開墾」
幕末~明治・大正の激動期の庄内藩と明治維新後も鶴岡に住み続けた酒井家の事績をたどる。
酒井家庄内入部400年
酒井家が藩主として庄内に入部し400年を迎えます。東北公益文科大学の門松秀樹さんがその歴史を紹介します。
続教育の本質
教育現場に身を置く筆者による提言の続編です。
教育の本質
子どもたちを取り巻く環境は日々変化しています。長らく教育現場に身を置く筆者が教育をテーマに提言しています。
柏戸の真実
鶴岡市櫛引地域出身の大相撲の元横綱・柏戸の土俵人生に迫ります。本人の歩み、努力を温かく見守った家族・親族や関係者の視点も多く交えて振り返ります。
藤沢周平の魅力 海坂かわら版
藤沢周平作品の魅力を研究者などの視点から紹介しています
郷土の先人・先覚
世界あるいは全国で活躍し、各分野で礎を築いた庄内出身の先人・先覚たちを紹介しています
美食同元
旬の食べ物を使った、おいしくて簡単、栄養満点の食事のポイントを学んでいきましょう
庄内海の幸山の幸
庄内の「うまいもの」を関係者のお話などを交えながら解説しています

株式会社 荘内日報社   本社:〒997-0035 山形県鶴岡市馬場町8-29  (私書箱専用〒997-8691) TEL 0235-22-1480
System construction by S-Field