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2011年(平成23年) 11月11日(金)付紙面より

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森の時間46 ―山形大学農学部からみなさんへ―

 今年も実りの秋がやってきました。おいしい果物や新米を味わえるとても幸せな季節です。今日は森から少し離れて、実のなる木の話をしようと思います。日本人の身近にあって、古くから親しい関係にある柿の話です。

 柿と日本人の長くて深いつきあいの様子がよく現れている例として、みなさんもよくご存じの民話『さるかに合戦』があります。柿はこの物語の中でとても大切な役どころを演じています。忘れてしまったという方のために、ちょっと復習しますと…

 気が短いサルは柿の種を拾ったのですが、種は食べることができないので、カニが持っていたおにぎりと交換します。心やさしいカニは、種をまいて毎日水をやり、大切に育てます。時が流れ、やがて柿の木は大きくなってたくさんの実をつけるようになりました。すると、ずるがしこいサルは、木に登れないカニの代わりに実を取ってやるふりをして、自分だけがおいしい実を食べ、カニには食べられない実を投げつけて意地悪をするのです。

 思い出していただけましたか?

 お話はまだ続くのですが、ここで問題です! この物語に登場する柿は、甘柿でしょうか、それとも渋柿でしょうか?

 ヒントは物語の中に隠されています。次のようなシーンです。

 サルは、実が色づきはじめた柿の木に登って、「真っ赤な」(または「おいしそうな」「熟れた」)実をむしゃむしゃと食べます。そして、木の下で待つカニには、「まだ青い」(または「まだ硬い」「渋い」)実を投げつけるというくだりです。

 意地の悪いサルには本当に腹が立ちますが、じつはこの部分に重要な事実が描かれています。つまり、この民話に登場する柿の木には、一本の木の中に「熟れて、真っ赤になった、おいしい(渋くない)」実と「まだ青くて、硬くて、渋い(おいしくない)」実の両方が同時になっているのです。なぜなら、サルが渋い柿の実をがまんして食べたとは思えませんし、ブタだって渋を抜く前の柿の実はまたいで通りますから。

 柿に甘柿と渋柿があることは誰でも知っていると思いますが、このように甘い実と渋い実の両方をつける柿の木はあるのでしょうか。

 じつは、「ある」のです。「不完全甘柿」という柿です。このグループの柿は、実の中に種がたくさん(ふつうは数個以上)できたときは果肉全体にゴマ(褐斑といいます)が入って渋くなく(甘く)なります。しかし、種の数が少ない(ふつうは2―3個以下)ときは、ゴマは種の周囲だけにできて、その部分は渋くなくなりますが、他のところは渋いままで、全体としては渋柿になります。

 実の中の種の数は受精のよしあしに左右されます。同じ木の中の実でも受粉や受精の状況によって種がたくさんできる実と少ししかできない実ができます。すると、種の多い実は大きくて、色づきもよく早く熟しますが、種の少ない実は小さめで、色づくのも遅れるのです。つまり、サルがおいしそうに食べたのは種の多い渋くない実で、カニに投げつけたのは種の少ない硬くて渋い実だったというわけです。

 この柿の品種の名前までは残念ながらわかりません。『さるかに合戦』は越後地方の民話だといわれていますので、同地方の在来品種で不完全甘柿である妙丹柿や子成場などが候補にあがるかもしれません。しかし、新潟県ばかりでなくほぼ全国各地に不完全甘柿の在来品種は多数存在します(あるいは、していました)。不完全甘柿たちは私たち日本人にとってとても身近な柿なのです。

 ちなみに、実の中にできる種の数の多少に関わらずに甘くなるタイプの柿は「完全甘柿」といい、よく知られた富有柿や次郎柿はこのグループに属します。

 いずれにしても、昔の人たちは自分たちの身近にあった柿の木や実をよく見ていたのですね。その生活に根ざした鋭い観察力が『さるかに合戦』という民話に存分に反映されているといえるでしょう。柿と日本人のつきあいの深さをうかがい知ることができる一つの例だと思います。

(山形大学農学部教授、専門は園芸学および人間・植物関係学)

山里の原風景―かやぶきの民家の横にたくさんの実をつけた柿の古木がある風景―(山形県西川町にて撮影)
山里の原風景―かやぶきの民家の横にたくさんの実をつけた柿の古木がある風景―(山形県西川町にて撮影)



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