2014年(平成26年) 11月21日(金)付紙面より
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織機(しょっき)の「斎外式力(さいとしきりき)織機」の発明で知られる鶴岡市上新田生まれの発明家、齋藤外市翁(1865―1926年)を語り継いでいこうと生誕の碑が建立され19日、現地で除幕式が行われた。
齋藤翁は、藤島地域長沼の上新田地区の農家に生まれた。子どものころから機械いじりが好きで、自宅で操業していた木綿織りを輸出向け羽二重(絹織物の一種)に転換して成功。1898(明治31)年には斎外式力織機を発明して1900(同33)年に特許を得て、翌年に電動化して鶴岡で量産した。これが国内での電動力織機の先駆けで全国に普及、生産は1万台に達した。このほかにも飛行船、潜航艇、水雷、十連発小銃に及んだ。また、両羽実業新聞、鶴岡瓦斯会社の設立にも関与、当時の鶴岡町議会議員としても活躍した。
地元の上新田地区の生家跡には20年ほど前に長沼郷土史研究会が建てた木製の標柱があったが、木が朽ちて倒れる寸前となっていた。来年の生誕150年を前に、地元の上新田町内会齋藤外市翁顕彰する会(板垣久喜代表)が偉大な発明家を顕彰していこうと、地区内45戸に1口500円で協賛金を募るなど生誕の碑の建立を計画。趣旨に賛同した個人や同研究会の解散に伴う繰越金を寄付するなどした。
この日は、文化祭で6年生が齋藤翁を題材にした劇を発表するなど学習会を重ねてきた地元の長沼小学校(笠原正三校長、児童45人)の全校児童も参加し、初めに上新田公民館で学習会。郷土史研究家の淀昭哉さんが齋藤翁の生涯や功績を紹介。その後、地区内の民家の一角に建てた生誕碑まで移動し、板垣代表や代表児童らが除幕した。
生誕碑は高さ約1メートルの黒御影石で、「齋藤外市翁生誕の地」の文字が彫られた。板垣代表は「子どもたちからも家庭の中で外市のことを話題にしてもらい、地域で語り継いでいきたい」と話していた。