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2015年(平成27年) 11月15日(日)付紙面より

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森の時間94 ―山形大学農学部からみなさんへ―

ヒポクラテスの木をあの女性(ひと)へ 小山 浩正

 OBOKATAさんほど、若くして、しかもあれほどの短い間に人生の絶頂とどん底を知ったヒトも珍しい。あのヒトたちが目指しているのは「細胞の全能性」。生命の始まりである1個の受精卵はどんな組織にも育ちうる力(全能性)を持っていますが、一度、神経や筋肉など何かの役割に特化した体細胞になると、もはやこの能力がありません。これを何とか復活させて再生医療に役立てる研究が活発で、上手く行くにせよ、行かないにせよ世の中を騒がせています。

 ところが、それは動物の話で、多くの植物は元々この能力を当たり前に持っています。だからこそ、切り分けた枝から挿し木で増やす技術が昔からありました。日本の春を彩るソメイヨシノも元は一本の親木から増えたものです。今日は、樹木のこうした性質を利用して、人々の「願い」や「思い」の伝道に託す取り組みを紹介します。

 東京大学の小石川植物園にある「ニュートンのリンゴの木」は、万有引力を発見するきっかけになったリンゴの枝をイギリスから取り寄せたそうです。いまでは科学の振興と啓発のために各地の学校や施設に穂木で分譲されています。この木の隣には「メンデルの葡萄」もあるらしい。もっとも、ニュートンの名著『プリンキピア』にも、メンデルの法則の発見にもOBOKATA的なデータ改竄が見つかっています。でも、いまさらそれを厳格に追求するのも野暮な気がする。

 もっと身近で、各地に広がっている「ヒポクラテスの木」をご存じでしょうか?この辺では荘内病院の敷地にあります。ヒポクラテスは古代ギリシアの医師で、医聖と呼ばれ医術に科学的思考を取り入れたヒトです。晩年には故郷のコス島のプラタナスの木の下で弟子たちに医学を講じたと伝えられ、住民は現存するこの木の子孫をいまでも「ヒポクラテスの木」として大切に保存しています。

 昭和30年にこの木を訪れた山形出身の医師・篠田秀男博士は、その果実を5つ持ち帰り、東京大学農学部の高木五十六博士に発芽を依頼したところ、1本が苗木になりました。篠田氏はこれを故郷に持ち帰り、挿し木で6本に増やし、山形大や慶應義塾大そして本人の母校である県立山形東高校に分けたのです。その子孫たちがさらに全国に広がり、荘内病院にあるのもそのひとつです。診察カードをお持ちならご覧ください。確かにプラタナスの葉がデザインされています。他に、山大病院にある木は全国屈指の大きさと言われます。医聖の唱えた医学倫理『ヒポクラテスの誓い』をプラタナスというシンボルに託し、その全能性を生かして広く普及啓発する素敵な取り組みです。それが自分の住む街にあるのも誇らしい。

 これに倣って、私も「愛するブナの木の下で学生たちに訓示のひとつでも垂れようかしら」とよぎったものの、よく考えればブナは挿し木では増えない樹種なので残念。全能性のない木です。ならばOBOKATAさん、ブナで研究してみては?もちろん、今度はコピペなしのヒポクラテスの精神で。

(山形大学農学部教授 専門はブナ林をはじめとする生態学)

荘内病院のヒポクラテスの木=自然写真家・斎藤政広撮影
荘内病院のヒポクラテスの木=自然写真家・斎藤政広撮影



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