2023年(令和5年) 9月20日(水)付紙面より
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酒田市出身の彫刻家、石黒光二さん(71)=埼玉県所沢市在住=の作品を紹介する企画展「石黒光二 彫刻展―心・空間・かたち―」開催中の市美術館(石川好館長)で18日、関連イベントとして身体表現ワークショップ「からだでつながる鑑賞会」が開かれ、広く庄内地域一円から来館した参加者が彫刻作品をテーマにしたダンスを自ら創作し、披露し合った。
体を動かしながら作品と向き合うという経験を通して、作家の考え・気持ちに思いを巡らすなど新たな鑑賞法を発見してもらおうと、同美術館が初めて企画したイベント。鶴岡市城北町在住のダンサー、菊地将晃さん(37)=キッキン・ダンス・ファム主宰=を講師に迎え、午前・午後の2回行われた。
このうち午前の部には鶴岡、酒田、庄内3市町から計9人が参加。市民ギャラリーを会場に菊地さんの指導で2―6人一組になって相手と同じ動きをする「ミラーリング」を体験。また、動きのないゼロから全力を出す100まで自らの力をコントロールする表現技術を学んだ。
引き続き企画展示室に移動し、石黒さんの作品「風待月(かぜまちづき)」を題材に、モチーフとなった女性に思いを巡らすとともに、周囲の風景や流れる音などそれぞれ考え、それらを踏まえて作品の周囲で思い思いに創作ダンスを発表した。
お母さんと一緒に参加した伊藤那由大(なゆた)君(10)=朝暘三小4年=は「美術館は静かに鑑賞する場所というイメージ。普段はできないことをやることができて貴重な体験になった。楽しかった」と。菊地さんは「言葉では取りこぼしてしまう感情、伝えたいことも、身体を使えば分かることがある。コミュニケーションの一つとして生活にも生かしてほしい」と呼び掛けた。
今回のワークショップの模様は動画にし後日、市美術館YouTubeチャンネルで公開する。石黒さんの企画展は来月22日(日)まで(会期中無休)。
2023年(令和5年) 9月20日(水)付紙面より
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柔和な笑顔をたたえながらステージに現れた俳優の大森南朋さん。NHK大河ドラマ「どうする家康」では徳川家臣団の筆頭・酒井忠次を演じている。その大森さんを迎えたスペシャルトークショーが9日、鶴岡市の荘銀タクト鶴岡で開催され、撮影の裏話などが披露された。ショーの中や、その後の質問会でのエピソードを4回にわたって紹介する。写真はいずれもNHK提供。
大森さんは、同番組制作統括の磯智明チーフプロデューサー、進行役のNHK山形放送局・羽隅将一アナウンサーと共に登場。参加した約850人のうちの8割がたは地元・庄内の人たち。“わが殿”の登場にどよめきさえ起きた。会場の期待をヒシヒシと感じた(らしい)大森さんは「酒井忠次公(がモデル)の役を演じるに当たり、失礼のないように努めてきたつもり。今日は温かい目で、よろしくお願いします」と照れながらあいさつ。磯さんは「午前中に鶴岡を歩いたが、皆さん忠次公のことを“殿”と呼ぶんですね。われわれはスタジオで(家康役の)松本(潤)さんを殿と呼びますが、今日は大森さんが“殿”だと思って一生懸命支えていきたいと思います」と応じ、一気に場が和んだ。
撮影は昨年6月にスタートした。大森さんは忠次役を演じるに当たり、歴史的資料なども読み、どういう人物であったかを研究。そして、「殿(家康)に仕え、愛し、ちゃんとした主君になっていただくために尽くした人物」として演じたという。「松重豊さんが演じた石川数正が父親だとすると、忠次は母親的な存在。並んでみると、身長的にもそんな感じだった」と笑わせ、厳しい数正、優しく見守る忠次を対比させたという。
磯さんは「これまでのドラマでの忠次のイメージを変えたいと思っていた」と話す。家臣団では榊原康政や井伊直政に比べて忠次は年上で、しっかり者の事務官的な存在として描かれることが多く、そういう方が演じてきた。個性的な三河家臣団やマイペースな家康をまとめるには相当の人物で器が大きくなければいけないし、一歩下がってチームのことを判断できるクレバーで血の通った人物として描きたい。「その意味で大森さんに」とキャスティングしたという。
トークショーに先立ち、大森さんらは致道博物館や酒井家墓所、大督寺、旧庄内藩校致道館などを訪ねた。致道博物館では、「徳川十六将図」や忠次公ゆかりでいわく付きの重要刀剣「袖の雪」などを鑑賞。酒井家墓所では忠次公が眠る墓に白い花を手向け、手を合わせた。隣接する大督寺には忠次公の妻・碓井姫の像がある。齋藤浩明住職の案内でその像と対面し、びっくりしたことがあるのだが…。(編集局・難波恵美)
◇ ◇
NHK山形放送局では「やままる」で放送するトークショーの日にちを10月3日と発表していたが、今月21日(木)に早めた。また、致道博物館では21日から始まる新企画展示「日本刀物語~変遷と魅力~」で、大森さんが鑑賞した「袖の雪」も展示する。
2023年(令和5年) 9月20日(水)付紙面より
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「体は東京にあっても、心はいつも生まれ在所にあった」―。藤沢周平さんほど故郷にこだわった作品を書き、さらに数多くのエッセーを残した作家はいないと言われる。藤沢さんが『暗殺の年輪』で第69回直木賞を受賞(1973年)してから50年。それ以来、時代小説を次々と送り出し、どの作品も人々の心を引き付けてやまない。
鶴岡市の藤沢周平記念館で「直木賞受賞50年記念企画展」が開かれている。テーマは「藤沢周平と直木賞」。企画展では30代半ばから小説を書き始めた藤沢さんが小説を書き始めてから受賞までの歩みを、作品を生み出すまでの草稿などの展示を通じて紹介している。
◇ ◇
金峯山の麓で生まれた藤沢さんは、湯田川中学校で天職と決めた教壇に立った。しかし病を得て教職を去り、療養後は東京で業界新聞社に勤めた。妻を亡くし、新聞社の取材をして、帰宅すれば子どもと母の世話。小説の執筆は深夜だったという。
作家としてのデビュー作は71年、第38回オール讀物新人賞の『溟い海』。この時のことを「新人賞の夜」としてエッセーに残した。「選考結果が出る時間は帰宅途中の電車の中。そこで会社に残って待つことにした。受賞の電話に、しばし茫然としていた。少々くたびれた文学青年が文壇の片隅に小さな椅子をもらっただけと思ったが、実は私の人生の転機となった夜だった」と。
藤沢さんはデビュー前にも多くの作品を書き、湯田川中時代の教え子に読んでもらっている。教え子の「先生の作品は暗い、もっと明るい現代小説も」との評に、藤沢さんは「暗いものは全部吐き出さないと、明かりが見えてこない。つらい思い出を払しょくするため小説を書いた」と語った。そして苦難の時を抜け出したかのように「自分のためでなく、読んでくれる人のために書けるようになった」とも話している。作品の魅力から「鶴岡藤沢周平文学愛好会」ができ、亡くなると「寒梅忌」を開いて藤沢さんをしのんできた。
◇ ◇
藤沢さんの、旧庄内藩がモデルというみちのくの小藩「海坂藩もの」の作品の情景から、庄内のどの辺りを思い浮かべて書いたものかが想像できる。丹念な取材を心掛け、「他の作品などを参考にしたくなることもあるが、小説には落とし穴があるかもしれないと思うと、自分の目で確かめたかった」とエッセーで書いている。企画展では、藤沢さんの几帳面さが分かる、手帳につづられたメモなども紹介している。
藤沢さんの本名は「小菅留治」。作家名の「藤沢」は、若くして亡くなった妻の郷里「鶴岡市藤沢」の地名。直木賞は「溟い海」から数えて4度目の候補で受賞したが、作品の多くは「創作ではいつも故郷の原風景を思い浮かべていた」という藤沢さんの意図がうかがえる。企画展に足を運び、藤沢さんの歩みに触れてもらいたい。
2023年(令和5年) 9月20日(水)付紙面より
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第2回Kamiji Cup柔道フェスティバルが16、17日の2日間、鶴岡市の羽黒高校で開かれた。2016年リオデジャネイロ五輪銀メダリストの原沢久喜選手(31)による練習会や県内外の高校生によるリーグ戦、クラフトワークショップなどが行われた。
イベントを通じて柔道の楽しさを感じてもらおうと羽黒高校の工業科の生徒でつくる学生団体「プロフェッショナルラボ」が主催した。大会名の「Kamiji」は羽黒山大鳥居から同校へ向かって伸びる神路坂に由来する。高校生の部は東北を中心に7県12校、小学生の部は県内5チームの計約150人が出場。16日に団体リーグ戦、17日に個人トーナメント戦が行われ、各校が熱戦を繰り広げた。
原沢選手による練習会では、本人との乱取りや質疑応答が行われ、選手たちはメダリストの技術を間近で体感した。また、会場ではキッチンカーの出店や庄内産の果樹販売なども行われた。
2023年(令和5年) 9月20日(水)付紙面より
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荘内日報社が主催する第37回荘日杯争奪スポ少野球庄内選手権大会の決勝戦が18日、鶴岡市の鶴岡ドリームスタジアムで行われた。決勝は同大会初のナイターで行われ、鶴岡・田川地区同士の峰栄スピリッツと暘光レッドソックスが激突し熱戦を展開した。
峰栄スピリッツ優勝!! 決勝で暘光レッドソックス下す 第37回荘日杯争奪スポ少野球 最優秀に升選手(峰栄)
第37回荘日杯争奪スポ少野球庄内選手権大会(荘内日報社主催、鶴岡、酒田両地区野球連盟主管、鶴岡市スポーツ少年団野球部会、酒田市スポーツ少年団野球専門部会後援)の決勝戦が18日、鶴岡市の鶴岡ドリームスタジアムで行われた。熱戦の結果、峰栄スピリッツが13―3で勝利し、荘日杯を獲得。最優秀選手には3安打1打点とチームの勝利に貢献した峰栄の升一路(ひいろ)選手(5年)が選ばれた。
今大会は今月3日に鶴岡市西部公園多目的広場で1回戦2試合が行われた。日中の高温が続いていたため、各チームとも1日1試合とし、決勝戦は18日とした。
試合後の表彰式で荘内日報社の橋本政之社長が「スポ少野球の面白さ、楽しさに加え、各選手の今後の活躍に期待を抱く大会となった。庄内から優れた選手がさらに出るよう大会を継続していく。皆さんもさらに頑張ってほしい」と講評。峰栄の田澤啓太主将など選手代表が、荘日杯と表彰状、田川地区在住の60歳以上の男性でつくる野球チーム「鶴岡オールドボーイズ」から寄贈された優勝杯を受け取った。最優秀の升選手には記念品が贈られた。
◇決勝
峰栄スピリッツ
010426|13
000102| 3
暘光レッドソックス
(峰)田澤、柳沼俊、渡辺、田澤―升、田澤、柳沼俊(暘)戸林、河野琉、河野瑛、河野琉―薄葉▽本塁打=柳沼俊(峰)▽二塁打=田澤、升、栗本驍、柳沼俊(峰)
●…2回に1点を先制した峰栄は4回、1死二塁から栗本驍、柳沼俊の連続長打や、田澤の左中間を破る二塁打などで4点を追加。5回に2点を加えた後、6回には2死満塁で柳沼俊が右中間へ満塁本塁打を放つなど一挙6点を奪い、試合を決めた。
暘光は4回に相手のバッテリーエラーで1点を返し、6回にも盗塁と敵失で2点を奪うなど意地を見せたが、峰栄の投手陣から1安打に抑え込まれた。