2025年(令和7年) 4月5日(土)付紙面より
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鶴岡市大山三丁目の大山公園大平山に鎮座する三吉神社(梅本幸巳宮司)で12、13の両日、神社の屋根部分に取り付けられていた鯱(しゃちほこ)や格子絵、崇敬者などによる奉納品の数々の公開展示が行われる。
同神社は建久年間(1190~1198年)に羽州の太守・武藤氏が京都の石清水八幡より勧請したのが始まりとされる。1583年、部下の謀反により武藤義氏が自刃した際、社も焼失したが、寛文年間(1661~1672年)に大山城主となった酒井忠解(ただとき)が小さな祠(ほこら)を再興し祭った。享保年間(1716~1735年)に三吉大神を勧請し合祀した。
現在の社殿は元治元(1864)年から慶応4(68)年にかけて造営された。社が建つ場所はもともと尾浦城(のちの大山城)の主郭だったところで、地元大山地区だけでなく東西田川や飽海郡、最上郡、山北町、新潟県村上市まで崇敬者がいたという。
築後157年が経過し、老朽化が進行した社殿の屋根部分が破損。「落下の恐れがある」と地元自治会が注意を呼び掛けていた。葺き替えなど大規模な改修が必要となり、梅本宮司や地元住民有志が「三吉神社屋根瓦修復実行委員会」(山本益生委員長)を立ち上げ、クラウドファンディングや寄付で費用を募りながら修繕を続けてきた。
昨夏から12月にかけて修復工事が行われた際、屋根部分の一対の鯱像を取り外した。この「尾浦の鯱」は現在の社殿が建てられた時に飾られたが、その経緯は伝わっていない。同委員会事務局の山口邦雄さんは「戦国時代の雄として名をはせた武藤家の本丸跡へ、三吉神社を建立したことを知らしめるためではないか」と分析している。
今回、屋根から外した鯱像をはじめ、神社拝殿の天井に取り付けられていた格子絵、奉納された書や獅子頭、写真など約50点を公開展示する。格子絵は花鳥風月などを題材に、変化に富んでおり漢字(経文字や梵字)、神仏像を描いたものもある。また、北越や庄内で活躍していた彫り物師・後藤重太郎定融の手による社殿正面の欄間も見応えがあるという。
公開展示の時間は12日(土)、13日(日)とも午前(10時~11時半)、午後(1時~2時半)の2部制。開会時間の5分前に三吉神社前へ集合する。資料は無料配布する。問い合わせは委員会事務局の山口さん=電0235(33)3448=へ。